クッションは無事


 普段から兄ちゃん兄ちゃんいってるわけだが、ときどき大喧嘩をしたっていいじゃない。好きでしているわけではないけど。
「心友とデートに行くなら竜とランデヴーしたっていいと思うでしょ!」
「んなわけあるか。あれはちょっとした交流のある弟の友達であって、下心でデートされるとこちらの身がもたないだろ!」
 リビングのクッションを枕のように投げ合い、にらみ合うことしばらく。俺は兄に勝てないことを悟った。
「畜生、えぐい角度からクッションが飛んでくるよう……っ」
 俺は魔法学校で魔法しか学んでない純正魔法使いでしかない。魔法科から騎士科に転科した兄の投げるクッションがどうして避けられようか。いいや避けられない。
「いや待て、なんで魔法をそこで使う? 風魔法とか得意じゃなかっただろ……?」
「その兄ちゃんとデートしてもらえない下心の竜からの入れ知恵という名の賄賂的な」
 クッションをぶん投げると同時に少しの追い風を吹かせる……果たして、クッションのスピードアップさせる風は少しなのだろうか。自問自答をしてしまったが、兄のいうところの『ちょっとした交流』など濃密な交換日記の果て無理矢理隷属契約を結ばれたうえに肉体の関係まである『ちょっと』なのだ。俺の魔法なんてミリくらいの少しである。
「またそうやって兄を売る……!」
 兄ちゃんは俺が投げたクッションをキャッチすると、俺の足元と胸元を狙ってクッションを投げつけた。
「だって俺、例の竜の恋路については兄ちゃんより竜を応援してるもん。春日井幸仁はドラゴンを応援しています」
 クッションを避けるのは諦め、協賛みたいなふりして右手を顔の前にあげる。正直、兄ちゃんの放つクッションはそれほど痛くない。しっかり手加減してくれてるし、クッションやリビングその他諸々を破壊しないように気を使い、弟の怪我まで心配してくれているのだ。そういうちょっとした優しさを見せるから弟がつけあがるのだぞ。
「本当のところさ、もっといい奴いると思うんだよね。兄ちゃんは俺の最高の兄ちゃんだけど恋愛にはまぁーったく向いてないもん。友達っていうなら、こんなに肩入れもしなかったけどさぁ……」
「矛盾してるじゃん」
 一言目にはやめておけ。これでダメならやっぱりやめておけといい続ける。三回目にやめておけという頃には片想いが可哀想になってきた。再三やめておけといったのに、それでも好きだと気まずげにいう姿といったら健気に見えて仕方ない。
「してるんだよね。本当にやめておけって思うんだけど交換日記からはじめて、すっとんで肉体関係になりましたってきいたらさぁ……え、ナンデ? ナンデ付キ合ワナイノー? ってなるじゃんか」
「ならないだろ。関係の崩壊だろ。そういうの出会い厨ってやつだろ」
 兄ちゃんと竜の交換日記は魔法の交換日記だった。会ったこともない相手と交換日記ができる、二世代前に流行った代物らしい。
 俺と兄ちゃんの生まれた世界でいうとネット上の知り合いみたいなものだ。
「別に出会ったその日に関係すっとんだわけじゃないじゃん。だいたいずるずる続けてるんだから兄ちゃんにもそれらしい未練があると思うんだけど」
「あるけど? あるけど、そういう感情的にどうにかできないことってなくないかな、弟よ」
 兄ちゃんは顔を覆い畜生弟にはかなわないと零す。生まれてからずっと兄ちゃんにピヨピヨとついていった弟なので仕方ない。兄ちゃんの性格も良く知っているのだ。
「あるかもしれないけど、まだよくわかんない」
「いい笑顔しやがって……」
 俺がニコッと笑うと、兄はリビングに散らばったクッションをソファに戻して大人しく自室へと帰っていった。きっと今から引き籠るつもりなのだ。 「デートはしてあげてね! 明日だからね!」
「気が向いたら」
 兄ちゃんは気のない返事をしているけど、結局デートをすることになる。竜に強行突破されるからだ。
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