レスターニャ魔法国の収穫、学術成果、魔法研究を発表し、祝う大祭が終わってしばらくたった頃に、レスターニャ魔法国立シノーラ魔法学園の入学式はある。
石造りの冷えるばかりの学び舎の一つから、集まる新入生を見下ろし、俺は首を捻った。
「よさそうなのはいねぇなぁ」
「ラグ兄上の理想が高すぎるんじゃない?」
同じように大広間の手前に集まった新入生を眺めていた弟のフォーも首を傾げる。大祭も終わり、次第に寒くなってきたというのに薄着なフォーが寒さで腕をこすりながら首を傾げる様子は、少しだけ可愛らしい。
「そうでもねぇよ。来るものはだいたい拒まねぇ」
「だいたいはね。でも、一回きりで終わりでしょ?」
「お付き合いは慎重にしねぇと後々が面倒だろ。だったら、数回よりは一回のほうが割り切れる」
この学園に入って五年目になる。悪い遊びの延長で色事を覚えてから、それで暇を潰し始めてからは四年だ。一度も、同じ人間と二回目の色遊びをしたことがなかった。
容姿のせいか身分のせいか、それともその両方のせいであるのか、色事の相手に困ったことはない。学園の生徒の入れ替わりがそこそこあるせいもあるだろう。
「ラグ兄上は俺よりねらい目だから、それくらいのほうがいいかもしれないけどさぁ……寂しくない?」
一方フォーは学園に入って三年目、兄の真似をするようにして色事にふけって二年半ほど経つ。俺よりも華やかな噂を周囲に振りまき、色事をするためだけの友人まで持っていた。
「お前だって恋人はいねぇだろ」
「それは必要と感じてないし、兄上よりは自由に恋愛できるから。……兄上は、今しなきゃ、出来ないでしょ」
フォーは俺と違い、その他の友人も多い。恋人が居なくても寂しいと思うことはないだろう。俺とて、フォーよりも友人が少ないというだけで、寂しいというほどでもない。
ただ、フォーの言うとおり、俺のような王位継承第一位の人間は、将来望まない結婚をしなければならない運命にある。ならば、思い出くらいの恋愛をしておくものいい暇つぶしになるのかもしれない。
人と触れ合うことを楽しみ、恋愛に憧れを持っている弟は、人より寂しがり屋で少し甘ったれだ。俺とは違い、純粋に俺のことを思って恋愛について言ってくれているようである。
いくつになっても可愛げがある弟の髪を掻き回し、俺はもう一度新入生を見下ろした。
「そう言えば、エレーナ様はお元気か?」
「話逸らしたーいっけどさぁ……元気だったよ。でも、お爺様や叔父上たちが心配らしいよ」
俺が荒らした髪の毛を、俺の手が離れていったあとに丁寧に直すと、フォーは唇を尖らせる。そんな仕草が許される柔らかさ、緩さがフォーにはあった。
「服飾への見解の違いだったか?」
「そう、見解の違いからの反乱だって。ジェスディーテは、なんかこう……考え方が違うよねぇ」
隣国のジェスディーテはフォーの母君、レスターニャの第四皇妃エレーナ様の故郷にあたる。ジェスディーテは衣の国と呼ばれ、衣服の流行最先端をいく、糸と染物の有名な国でもあった。その国の政権が、収穫祭が終わってすぐくらいから反乱にあっている。
理由は、服飾への見解の違いということになっており、噂では服の嗜好の違いを告訴し、大変な騒ぎになっているという。フォーはこれを信じており、その程度でと思っているようだ。
「そうか? この前、俺の選んだ服について文句言っただろうが」
「それはだって、兄上に似あうのは違う色だって言ったのに赤褐色買うから……あれも似合ってるけどさぁ、あの服ならぜったい暗緑色だったって」
実際のところは、今まで王侯貴族にのみ許されていた色、禁色といわれるものを庶民に開放するという政策により起こったもので、噂の通りではない。
弟の思い込みをいいことに、俺は集まった新入生が列を整えられている様子を眺め、呑気な答えを返した。
「他とあわせてよく似合って悔しいとか言ってなかったか?」
「ホント! 兄上何でも似あうし、いい感性もってるし、憎ったらしいかぎりだよね」
そんなことを言っても、本当に憎いなどと思ったこともないだろうフォーの頭をもう一度撫で回し、俺は人ごみを指差す。
「あそこに居るの、お前の信奉者じゃねぇの」
「信奉者とか、なんか怪しげだから、もうちょっと柔らかい言い方して。あんなに可愛いお花ちゃんなのに」
入学生を整列していた生徒の一人である、細身で少し生意気そうなつり目の口に含むと甘そうな男を、この男しかいない学園で花だというのは、そう間違えた印象でもない。しかし、俺にはそういった感性はなかった。
「そのオハナチャン、さっきからこっち気付いてるよな」
「そだね、可愛い笑顔で可愛く手、振ってくれてるねー」
そのオハナチャンよりも緩く締まりのない顔をしている弟は、エレーナ様に似ている。そのため、男のむさくるしさはなく、女が喜びそうな甘い容貌をしていた。顔が整っているせいなのか、女が居ないせいなのか、やはり身分のせいなのか、そんな男の敵になりそうなフォーでも、男に人気がある。
学園では、良家の子息が多いこと、勉学に励めと長期休暇以外は閉じ込められてしまうこと、女が少ないことから、目立つ男を男が信奉する傾向にあった。それが学園を出た後の関係や、恋愛事情にも及ぶことがある。俺はその信奉には一線引いた形をとっており、フォーは強かにもその信奉を利用している節があった。
「ほどほどにして置けよ。あれは本気だぞ」
「んー……ああやって兄上を見るようなら、そうだねぇ」
オハナチャンは、先程からフォーと戯れている俺に嫉妬の視線を痛いほど向けてくれている。そのため、フォーよりも俺の方が速くオハナチャンに気がついてしまったのだ。
「ところで兄上、護衛官は?」
「交代だとよ」
オハナチャンから顔を俺に向け、フォーが渋い顔をしたのが、見てもいないのにわかる。
「またぁ?」
何処に居ようと俺やフォーのような身分の人間には、危険が付きまとう。そのため、俺にもフォーにも護衛官がついていた。
「いつものことだろ。おまえこそセルディナは?」
「……新入生の案内係になってしまいましたので、召喚獣をつけておきますねって、俺の影の中に召喚獣忍ばせていった」
俺に言いたいことがあるだろうに、フォーは唇を尖らせただけで、あえて何も追求しない。
俺の護衛の交代はもう幾度も繰り返している。