俺に幻滅したというものから、反対に恋に落ちたというもの、果ては家庭の事情と色々と理由はあった。特に、幻滅したという理由は多いようだ。最初は、交代のたびに理由を聞かされていたが、近頃ではその理由を聞くこともなく護衛が代わる。俺の護衛はある種の通過点のようなものだと俺も思うようになっていた。 「そうか。セルディナのその少し放っておこうという形式はいいな」 「俺はちょっと護衛官としてどうなのって思うとこだけどね。でも、兄上の護衛官みたいにいつでも一緒は嫌だよね」 「まったくだ。鬱陶しくて仕方ねぇ」 いつも一緒にいるため、第一王子に見ていた幻想が剥がれて悲嘆に暮れることも少なくないというのに、護衛官を決定する人間は、けして俺の人となりを説明しようとしない。もしかしたら、人となりを説明してしまったら護衛官になりたい人間が居なくなってしまうと危惧しているのだろうか。それは、些か失礼な話だ。 「あ、そろそろ大広間の舞台袖にいっとかないと副議長に怒られちゃうよ」 「あいつは怒ったら面倒だ。そろそろ行くか」 そして俺とフォーは、在校生が集まっている大広間へと向かった。 ◆◇◆◇◆ レスターニャは書物に埋もれた国だ。 食料は自国で賄いきれず他国を頼る傾向にあるというのに、書物だけはある。国の四方に図書館塔を配し、中央には地下図書館まであった。その他にも国の所有する図書館がいたる所にあり、私有の図書館も少なくない。そのうち国土そのものが本の重みで一段低くなるといわれていた。レスターニャより広い面積を持ち、大陸中央に位置する大国カルドニア・カルデニスでさえ、書物の数だけはレスターニャに勝てないという。 そんなレスターニャには自然と魔法使いと学徒、研究者が集まる。 中でも魔法使いは、王都にあるシノーラ魔法学園の卒業資格を有することを誉れとしていた。レスターニャは大陸の北方の隅にあるというのに他国からも、この寒い国に多くの魔法使いたちがやって来る。 大祭後に入学式がある学園では、すでに気温も下がってきており、南国や大陸中央の人間には寒いと感じる季節になっていた。それにも関わらず、魔法を一切使っていない石造りで吹き抜けの大広間に集まる新入生には寒さどころか、これからの期待と興奮で暑ささえも感じる。 「生徒議会議長、挨拶」 風の精霊の力により拡張された教師の声を聞き、俺は舞台袖から舞台中央に移動した。 こうして舞台から見下ろすと、新入生と在校生とに温度差があり、少し面白い。 「レスターニャの各所より集まった新入生諸君、国外より集まり志を共にする新入生諸君、入学、おめでとう」 決まりきった文句を並べた原稿を空で読む姿に、ほとんどの生徒たちは憧れや尊敬、先とは違った興奮をその眼差しに乗せる。それは、生徒議会議長であり、レスターニャの第一王子である俺が五色すべての魔法を使える魔法使いだからだ。 魔法は資質に左右されるもので、赤、黄、青、黒、白、五色すべてを使える魔法使いは少ない。 レスターニャの王となる人間は、この五色が使えることが最低条件だ。そのため、王の子というだけでは王になる資格にはならない。 故に、五色すべての魔法を使える魔法使いは、王の魔法使いと言われている。 幸いにも、俺は王の子であり、王の魔法使いだ。次の国王を約束されたようなものだと噂されていた。 だから、魔法を学ぶ者たちの多くに憧れられている。 それら憧れの視線は、物心がついた頃より当たり前に存在した。魔法に飽くことも、王子の務めを嫌がることもなかった俺は、それらに薄く微笑みを返す。フォーはそれを外面がいいと言って嫌がるが、王族という存在が課せられた仕事の一つだと俺は思っていた。 「古代の叡智を紐解き、理論を組み立て、魔法を識り、魔法を使う」 長々とした挨拶を訥々と続け、校舎から新入生を眺めていた時と同じように、集まった魔法使いたちを見下ろす。 その中に、特に強い視線があることに気づき、俺はそちらに目を向ける。そこには見知った顔があった。 フォーの護衛であるセルディナだ。 セルディナも俺の視線に気づき、一度俺に会釈すると隣の生徒に声をかける。隣にいた生徒は、他の生徒と同じように、あるいはそれ以上の熱心さで俺を見ていた。 強い視線の主はその生徒だ。それにも関わらず、俺の視線には気づかなかったらしい。セルディナに言われ、俺を驚きの表情で見つめ、それはもう嬉しそうに笑った。 遠目からみてわかるのだから、とても嬉しかったのだろうと思える。目があったくらいで喜ばれるほど憧れを持たれているかもしれない。 純粋そうな生徒とセルディナから、さり気なく視線を逸らし、挨拶の最後を括った。 「学園生活を謳歌できる事を祈る。最後にもう一度、入学、おめでとう」 習慣や、入学したという実感、興奮、憧れなどから盛大になった拍手の中、舞台袖にはけながら、俺は思った。 程よく日に焼けた肌、魔法使いには珍しい体格の良さに、これもまた若者にはめずらしい真白い髪。 うまそうな男だ。 「兄上、何か楽しそうだね」 俺が舞台袖の待機場所につくなり小さく聞いてきたフォーに、楽しい理由を簡潔に答える。 「うまそうなのがいて」 「挨拶くらい真面目にやりなよぉ」 そういって小さく笑った弟は、本気でそう思っていない。真面目な副議長のエルに睨まれて舌を出していた。 「あなた方は本当に、困った方々です」 そう言ってエルが難しい顔をするのは、父親の癖が移ったからだろう。王の近衛であるエルの父君はよくそんな顔をしている。 「そうだ。あなた方が何処かにいらっしゃる間、セディが来てましたよ。ラグ様の護衛を連れて来てました」 「もう代わりが来てるのか」 「ええ、白髪の方でした」 |