しかし、騎士団という括りで友人を選ぶとロノウェの人間関係はおかしかった。中央騎士団は北と南の騎士団には好かれていない。その上近衛騎士団はもっと他と仲が悪かった。近衛騎士団が他の騎士団を下に見ていて、他とは仲間意識が薄からだ。騎士団という括りで仲間意識を持つならば、一定の騎士団関係者としか仲良くできないはずである。
 それ以外の接点で見れば、リッド・アルフェイドも学級代表なのだから、教師に世話を見てやれと言われていると思えば不自然はない。
「兄上もそんなこと聞くの? 兄上に決まってるじゃない」
 フォーの言葉が、まるで俺のためだけに騎士団関係者が集まっているんだと言っているように聞こえた。
 何かが起こっているとして、それが俺に関わる何かで、騎士団関係者が力を合わせなければならないことだったとしよう。
 それが俺に伝わってこないということは、俺に秘密にしているということだ。
「あの鉄壁が?」
 詰まらない。
 俺はフォーの言うことと、自分自身の考えに、内心感想をこぼした。
「ロノは堅い壁っていうか、柔軟な網って感じするけどね。戦闘方法もそんな感じ」
「戦闘……?」
 そんなことよりも後から飛び出した戦闘方法とやらの方が俺の興味を誘う。
「それが、ねぇ! 聞いて!」
 口から泡を飛ばすほどの勢いでフォーが説明してくれた話を要約するとこうだ。
 ロノウェの魔法は攻撃をするための武器ではなく、攻撃をしかけるための手段である。しかも、魔法は静かに発動するという。
「戦闘方法はわかったが、魔法が気になるな」
「最初の魔法はどうやってたかわからないんだけど、上級魔法発動前は手が忙しそうだった」
「手?」
 フォーは一息つくために、銀杯を煽ったあと、指を動かした。何かの形を作りたいようだが、うまくいかないらしい。フォーはしきりに首を傾げた。
「なんか、こんな……こんな感じの」
 フォーのつたない指の動きと、説明から、今まで見て、聞いて、読んできた魔法の数々を思い出す。その中の一つに思い当たり、指を動かしてみせる。
「こうか?」
「あ、そんなの! 兄上見たことあるの?」
「これで魔法を使っているのは見たことがないが、知っている」
 方法自体は、何のことはない。指で印というものを形作り、呪文の代わりにするというものだ。覚えてしまえば難しいものではないらしいが、印を覚える利点はあまりなく、呪文と印で使える魔法が違うということもない。あまり流行らなかった方法だ。しかし、呪文と違って口を開く必要はなく、指を動かすだけである。音があまりしないことから、音がしないほうがいい仕事……暗殺や諜報に使われることもあった。だが、それを使えるからといって、必ず暗殺や諜報をしているというわけでない。
 可能性としては、そういった仕事をしていることもあるというくらいのものだ。少なくとも印を使うというロノウェは俺に何かをするようには思えない。たまに俺に向ける眼差しが、どうにも眩しそうな、喜んでいるようなものであることが俺にそう思わせる。
 しかし、ロノウェが……もしかしたらロノウェよりもっと上役の人間が、俺に何かを伝えないようにしている気がしてならない。
 嬉しそうなフォーに詳しい話をするのはためらわれる。
 俺は、表情を緩めた。
「今度、実演でもしてもらうか。せっかくだ、俺もフォーのいうところの網みたいな戦闘とやらをみてみたい」
 そういうつもりであるのなら、暴いてやるのもいい暇潰しになる。
 俺は、暇つぶしを提案すると、変わるであろうロノウェの表情を思い浮かべ、気分そのものを顔に浮かべた。
「やだ、兄上。ぜったい、今、やらしいこと考えた」

◆◇◆◇◆

 フォーに『やらしいやらしい』と文句を言われながら昼食を終えると、また俺の退屈な時間は始まる。
 王の子であること、王の魔法使いであるということ。それらからこの学園に入学することは義務づけられていた。少しくらい退屈をしのげるだろうと思い、なんの抵抗もなく入った学園は思ったより退屈をしのげない。
 フォーもいない、お気に入りの玩具もいない午後の授業は、退屈だ。
 同じ学級に真面目な友人ならばいたが、授業中である。俺の相手をしてくれない。
 広くもない演習場で、俺は他の生徒に避けられつつも小さく欠伸をした。
 最近、俺の傍にいるようになったユキシロもそうだ。相棒との約束が優先というように、いつも俺が構うと顔を背ける。邪魔にならぬようにと俺の足元や、部屋の隅で前足の上に顔を乗せていた。
「つまらねぇ……」
 俺が小さく呟くと、俺と対峙した真面目な友人……エルが苦い表情を浮かべる。
「もう少し包み隠してくださいよ、ラグ様」
 午後の授業は魔法の実技だった。一対一の魔法戦闘の実技だ。
 こういった魔法で傷がつく可能性の高い実技は、誰もが俺の相手を拒む。ここには俺に敵う人間がいないとわかっていても、万が一を考えてしまうからだ。
 エルは俺の学友ということもあり、こうして実技の授業を受ける時は俺の相手になってくれる。その上、俺が外面を向ける必要のない人間でもあり、俺は余所行きの顔を貼り付けたまま本音が呟けた。
「そうはいっても、授業もこの程度だぞ? フォーとセルディナがいない上に、お前が真面目に授業を受けたら俺の暇は誰が潰すんだ」
 俺は右手を振り、掌の上にあった炎を風の精霊に渡す。すると風の精霊はその炎を育てながら、エルの周りで踊り始める。
「授業はっ、真面目に受けるものです……っ」
 エルは炎を持って踊る精霊たちに四苦八苦しつつ、その手に持った大剣をなぞった。
「そうは言ってもな……今更、二属性魔法を使った戦闘とか、欠伸が出る」
 エルの大剣には呪文が施されている。なぞった大剣は水をまとい、振るうとその水が踊り狂う精霊たちに当たり、炎を消した。水は炎を消すと訓練場の白い石の床を凍らせ、凍った水はあっという間に針を作り、その針は俺に向かって飛んでくる。
「王子はそうかも知れませんがっ」
 俺が欠伸をするようなことでも、エルにとってはそうではない。
 エルが使ったのは、俺がロノウェにいたずらするために使った魔法の進化したものである。本来ならば水を瞬時に凍らせ、氷の針を射出する魔法で、エルはさきほど、それをゆっくりと発動させただけなのだ。それでは二属性魔法ではない。
 俺はもう一度手を振る。
「エルは得意じゃねぇしな、二属性」
 俺の合図に踊っていた精霊たちが、俺を襲うはずだった氷の針を吹き飛ばした。
「王子も使ってないじゃないですか」
 俺の使った魔法は、厳密に言えば二属性魔法ではない。火の精霊にお願いして火種をつくり、それを風の精霊に運んで貰っただけだ。
 二つの属性の精霊たちが協力しあって放たれた魔法ではない。
 だからこうして、エルの魔法を一歩も動くことなく防ぐことができた。
 火種は消えても、風の精霊は依然としてそこにいるからだ。
「それはこれからってやつだろう?」
 わざと笑みを作ってやると、エルが青い顔をした。入学して以来、エルはずっと俺の相手をしてくれているのだ。嫌な予感の一つや二つくらいするのだろう。
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