「今日から護衛につく、ロノウェ・ジェリスです」
入学式も終わった、日差しも柔らかな眠たい午後のことだ。新しい護衛官は挨拶にきた。
白い髪、日に焼けた肌、騎士ならば普通である体格……入学式で見かけた男だ。
護衛官は少人数制の魔法訓練室の床に片膝をつき、手を重ね、頭を垂れる。
顔を見なくても解るほど緊張している護衛官を見るのは何回目だろう。他人の手を借りるくらいには、見ている気がする。
何度見ても、何も変わらない。
変わっていくのは護衛になる人間の数と、護衛の背格好、年齢といった護衛の情報だけで、俺を護ると意気込んで緊張する姿は飽き飽きするほど見てきた。
そう、俺は飽き飽きしていたのだ。
「礼はいい。俺の護衛になったってことは、俺の好きにしていいんだな」
面倒だったといってもいい。理想の姿と現実の俺に失望したり、悩んだりするのを見るのも、こうしてしばらく緊張されるのも、面倒だった。
「そうですね」
退屈さを隠さず、あからさまな態度で接しているというのに、眩しそうにこちらを見る姿も一度や二度じゃない。本当につまらなかった。
「なら、ヤろうか」
誰かが息を飲んだ。
王子としての品性に欠くことも、初対面の人間に言うことではないことも、解っていた。
しかし、俺は退屈すぎたのだ。
「それが仕事だというのなら、美味しい思いをしたくらいのものですよ」
今までの緊張が嘘のようにすらすらと答えたロノウェに、俺は笑ってしまった。
一瞬にして何もかも終わってしまっただろう。それなのに、まだそんなことが言えること、慌てもしないで冗談で返したこと、それが外見以上に気に入った。
「今回の護衛はまた一味ちげぇなぁ」
◆◇◆◇◆
「兄上がロノにあんなことを言い出したときは、どうしようかと思ったけど、案外普通にやってるもんだね」
俺の気に入ったロノウェの答えは、歴代の護衛たちの中でも群を抜く不敬だ。
顔色も表情も、声色さえ変えず淡々と答えたロノウェは俺に対し、そのような下心を持っていないと窺えた。俺と本当にそのような関係ができたとして、淡々と受け止めるだけで、その他を望むことはないという態度にも取れる。
俺にとっては実に愉快なことだ。ついつい朝から晩まで一言目から、からかって遊んでしまう。
今日も離れるときに、離れるくらいなら空き教室で楽しむかとからかっている。
「そうだな、ロノウェはどの護衛よりも距離の取り方が巧みだしな」
護衛官という存在は、俺にとって必要のないものだ。武術も魔法も人並み以上に使える。呪いにも毒にも、王の長子として生まれたときから慣れ親しんでいた。
しかし、万一のために毒見、呪い避け、護衛がつく。現在、毒見も呪い避けもセルディナの召喚獣がこなしているため、護衛以外は誰一人傍にいない。それでも、護衛が何処に行くにも付き従ってくるのは鬱陶しかった。
その点、ロノウェは楽でいい。
「その上、こうして離れるときはユキシロを貸してくれるしな」
「ユキちゃんいいよねー俺ももふもふふわふわな子と一緒にいてみたい」
フォーの護衛であるセルディナは、召喚魔法の使い手で、遠距離攻撃を得意とする。そのためか、フォーの傍にいつも控えているのは、フォーの影を住処にしている召喚獣だ。
ロノウェはそれに倣ったのか、俺が護衛を鬱陶しく思っていることを見抜いてのことか、必要以上に俺の傍にいることはない。その代わり、ロノウェの相棒を俺に貸してくれる。
「ユキちゃんは生まれたときからロノと一緒なんでしょ」
「ロノウェが幼い頃に生まれたそうだ」
ユキシロはロノウェが幼い頃に、父親の相棒であるウルファが生んだ子であるという話だ。
ウルファは狼に似た魔獣で、レスターニャの北方に生息している。ロノウェの所属は、現在、俺の護衛をするために近衛騎士団にあるが、元々は北方騎士団だったのかもしれない。
「かっこいいし温かいし、もふもふだしいいよねぇ」
そういって、フォーはユキシロを撫でた。ユキシロは大人しく撫でられた後、フォーの手が離れてしまう前に、その手に顎を乗せる。吠えるでもなく威嚇するでもなく、暴れるでもない大人しいユキシロは、愛嬌まであるようだった。フォーはそれだけでユキシロに骨抜きだ。
「カゲナシが拗ねても知らないからな」
カゲナシは、フォーの影の中に入ったカゲグイという幻影種で、セルディナがフォーにつけている召喚獣である。フォーの影の中で今も微動だにしないが、後ほど悲しげに俯いたままセルディナの影に入るだろう。それを慌てて慰めて謝り倒すフォーが目に浮かぶ。
「それ、セルディナにも言われた。カゲくんはこんなことで拗ねたりしないよ。たぶん」
「どうだろうな」
フォーはちらりと自らの影を見ると、カゲナシが嫌いなわけじゃないからと一言呟いた。俺から見ても、フォーはカゲナシのことを家族だと感じているように思う。それ故に少し慢心しているところがあり、カゲナシが悲しそうにすると解っていても強がってしまうこともある。
「それにしても、ロノたち遅いね、護衛失格だね」
何とか話を変えて有耶無耶にしてしまおうとするフォーにのって、俺は扉を見た。
「そうだな。副議長とクラウグルも遅いから会議も出来ねぇし」
副議長であるエルフェイヤ・アルンセルはクラスの用事が長引きそうであると聞いている。議員の一人であるクラウグル・ウェンスタは父親から連絡が来たとかで遅れると言っていた。
「議題はなんだっけ」
俺もフォーも何か急ぎの用事があるわけではない。温かい日差しの入る室内で、兄弟の近況を話し合うのも悪くなかった。しかし、毎日会っており、共に過ごす時間も少なくはない弟と待たされていると次第に話すこともなくなり、暇にもなってくる。