「セルディ、ロノが俺のこと勘違いしてるよー」
「よしよし、ロノウェはわりと貴方の遊びを理解してるから冷たいだけですよ」
「何それ、ロノよりセルディ酷くない?」
視線を戻せば、フォーを慰めるふりをしてセルディナが辛らつなことを言う。セルディナはロノウェ以上にフォーの遊びを理解している。だからこそ言うことに容赦がない。今日は特に切れが良かった。
「慌てもしないのか、詰まらんな」
俺は二人に混ざるようにして、ロノウェに文句を言った。それに対するロノウェの答えときたら、俺を退屈させない。
「慌てても王子は詰まらないんでしょう」
本当に、いつもと変わりなく、手強かったのだ。これはやりがいのある暇潰しが出来たと内心喜びながらも、俺はなお、問う。
「理由は?」
「勘です」
「へぇ」
興味がないように返事をした。生返事に近かったかもしれない。俺はロノウェがどうすれば表情を変えるか、その暇つぶしがどれほど遊べるものなのかを考えていたのだ。
どうすればあの唇は歪むのか、どうすればあの眉は動くのか、どうすればあの頬は色をかえ、どうすればあの顔は驚きで染められるのだろう。
子供が新しい玩具に夢中になるように、お気に入りの玩具で遊び倒すように、ロノウェは俺を楽しませてくれたらいいとも思った。
「ところで会議は終わったんですか、ラグ様」
俺の考えに気がついたのか、クラウグルが口を開く。
クラウグルは勘が鋭い。それ以上に、場の、人の空気に鋭かった。それにどう介入するかはクラウグル次第だ。けれど、よからぬことを考えている俺を止めるのは珍しかった。
クラウグルだけでなく、ユキシロも勘が鋭いらしい。俺から相棒を守るため、痺れを切らしたように相棒の下へと歩いていってしまった。
これでは邪魔が増えてしまう。そう思った俺は考えるのをやめ、ロノウェで遊ぶのに邪魔をしてきそうなクラウグルを追い出すことにした。
「ああ、書類出したら終わりだ。会議出てねぇんだから、クラウグル、持っていけよ」
「了解。ロノに八つ当たりされないうちに行っておきます」
会議前にロノウェとクラウグルが知り合いかもしれないと思ったのは、間違いないことのようだ。珍しく邪魔をしたのは、クラウグルがロノウェを愛称で呼ぶほど親しいからだろう。
クラウグルは素早く書類を持つと、俺にちらりと視線を寄越した。あまり苛めてやるなよと俺を咎めるような視線だ。クラウグルとは議会に入ってからの付き合いであるが、こんなことは初めてだった。
それも退屈しのぎの材料になるのなら、歓迎したい。
「ユキちゃんは、なんでロノにしか尻尾振らないの?」
俺とは違い素直で可愛い弟は俺の様子に気付かず、まだユキシロに夢中だった。ロノウェの元にいるユキシロは、俺たちと居るときより嬉しそうに見える。もしかしたら、ロノウェが見えるところにいて、ほっとしているのかもしれない。
「フォー様に愛想を使いたくないだけでは?」
「セルディなんかやなことあった? いつもより酷いよ? しかもそれ、ロノにも愛想で尻尾振ってることになってるよ?」
ユキシロはまるでフォーとセルディナに向かって、心外だと言わんばかりに唸る。しかし、俺の存在をしっかり意識しているようで、俺とロノウェの間に入るように立っていた。今のところ何かするつもりはないとユキシロに示すために、俺はセルディナを茶化す。
「セルディナ、そうなると俺は愛想を使ってもらえねぇ上に、そそくさと去って行かれたんだが」
ユキシロはそれでも俺に警戒したまま、ロノウェに触られてゆるゆると尻尾を振った。相棒にはどうにも弱いらしい。
「ははは、振られちゃったんじゃないですかねぇ。あ、違いますね、最初から相手にもされていなかったんじゃないですか」
本当に嫌なことでもあったのだろう。セルディナがこれもまた珍しく俺に八つ当たりを始めた。
「セルディナ、兄上に八つ当たりしても後が怖いだけだよ」
そうすると、フォーは唇を尖らせて冗談を言う。フォーとセルディナは大抵こうだ。放っておくと人を巻き込んで軽口を叩き合う。
更に今回は軽口に磨きがかかっているようだ。セルディナがゆっくりフォーの背後に回ると、その身体を小さくした。
「セルディに手を出したら許さないんだゾー」
「いやいやいやいや、兄上が悪いんならまだしも、俺を盾にして、微妙に似た声ださないで!」
気がつくと笑ってしまうのは仕方ないことだ。この二人が居れば、少々従者に興味を持ち、楽しみ、その従者が居なくなっても何も感じない。
つまり従者、今はロノウェが居てもいいし、居なくても困らないということだ。
「お前ら、飽きさせねぇなぁ」
故に、邪魔をされれば容易に諦めがつくし、また今度にできる。今、楽しめなくてもいいし、他のことにすぐ気をとられる。
お気に入りの玩具から気をそらしてしまったときを見計らったかのように、ロノウェが口を開いた。
「そろそろ帰りませんか、西陽も射してきましたし」
まるで構って欲しくて話に割ってはいったようだ。ロノウェにはそのつもりがなくとも、俺にはそれが面白くなかった。