俺は、今気がついたといった風を装い、目を見開く。
「ああ、早く二人きりになりたいなら、そう言ってくれれば……」
 意趣返しのようなもので、この面白くない気分を変えてもらおうと、からかったのだ。
「わっお! 俺たちお邪魔みたいだよ、セルディ」
「ならば、お先に失礼しましょう」
 やはり、飽きの来ない二人は、ロノウェをからかいながら騒がしく立ち去る。けして邪魔ではなかったのにと思いつつ、俺はロノウェで暇つぶしを続けた。
「ほら、二人きりになったことだし、好きなようにしても構わないんだぞ? というか、ヤるか」
「さすがにもうユキシロがいても夕方は寒いですね」
「無視か」
 ロノウェは俺のからかいも意に介さない。退屈しのぎには過ぎた玩具だ。だからこそ、お気に入りなのである。
「本当に冷え込みますね。王子、早く帰りましょうか。風邪……のほうが逃げそうですが、万一ひかれては困ります」
 ロノウェはまたも俺の言葉を無視して、不敬な発言をした。
 俺はこみ上げてくる笑みをそのままに立ち上がり、ロノウェを追い越し、寄宿舎に帰るために歩き出す。
 追い越す際に見たロノウェは、未だに俺に何かを見ているのか、少しだけぼんやりと俺の姿を追っていた。ロノウェの幻想は諦めが悪い。俺はそれを壊すために、また誘う。
「じゃあ、帰ってヤるか」
 一瞬の沈黙のあと、ロノウェの足音が先に返事をした。
 ここ数日ですっかり慣れてしまった足音は少し鈍い。音を消し損ねているようにも聞こえる。
「知ってますよ、下級生が今晩もいらっしゃるんでしょう? ちょっと三人って言うのは俺には難しいんで、お二人でお楽しみください」
「そうやっていつもうまいことかわすな」
 後ろから歩いてくる音より先に歩を進めた。
 放課後の校舎は人が少ない。まばらに散らばる生徒達を尻目に後ろから聞こえてくる音に耳を澄ませた。
「そうでもないですよ。いつもギリギリです。特に王子のお言葉が」
 人より聞こえにくい足音は、たまに速度を変える。それはまだロノウェが俺の速度に慣れていないのだろうことがわかり、嫌いではない。
 いずれはこの足音も俺には聞こえなくなるのだろう。
「それは不敬といわないか」
 渡り廊下に差し掛かったあたりで、ロノウェの歩調が整った。俺は足音から興味を周りへと移す。
 校舎に残っている生徒たちが、俺とロノウェについて何事か囁いるのが聞こえた。ロノウェの身分であるとか、変わった色の髪であるとか、俺といるのは従者といえど分不相応だとか。
 くだらない上に、一時も退屈しのぎにならない。
「それを言うと、王子は従者の意思も知ったことではない、傲岸不遜なわがまま王子ということになりますが」
 俺はロノウェの言うことだけに集中する。何処かに揚げ足をとるところはないかと、その言葉を吟味した。
「……友達少ないだろ、お前」
 吟味してみて思ったが、セルディナといいロノウェといい、言葉が刃物を持っている。いや、言葉そのものが刃物なのだ。人によっては傷つきかねない。
 揚げ足をとるよりも、率直な感想が口をついて出た。
「いつ見てもフォー様か、副議長と一緒の方に言われたくはない言葉ですね」
 物言いがセルディナそっくりである。護衛官の先輩であるセルディナにならったのかもしれない。それならば遊ぶに不足はないだろう。
「友人である護衛が次々とやめていくからな」
 鼻で笑ってしまい、笑ったことに気がつく。
 ロノウェに対して笑ったのか、白々しいことを言ってしまったことに笑ったのか、俺自身よく解らない。
「恐れ多くてやめたのでは?」
 護衛が友人であったことは、一度もなかった。
 護衛だけではない。毒見や呪い避け、身の回りのことをする侍従も友人ではなかった。俺を友人だと思えそうも無い人間と友人になろうとは思えなかったし、すぐにいなくなるのなら、友人として手懐けるのも面倒だ。
 それに何より、今までそうした人々が俺を長く楽しませたことがなかった。
「それ、言外に友人いねぇっつってるよな」
 わがままでそれらの役目を持つ人間を変えたりはしないし、詰まらなくても悪態をつくことは無い。当たり障りの無い態度で接することができる。
 しかし、そういう当たり障りの無い友人は、俺には必要ない。
「いえ。しかし、護衛官でご友人も勤めたというお話は聞きませんでしたから」
「へぇ、誰に」
「元上司に噂程度に」
 俺が友人をあまり作らないことは、親しい人間や俺を護る人間だけではなく、学園の生徒までも知っていることだ。誰に聞いたか尋ねるほどのことでもない。
 まして、俺の友人関係まで疑わねばならない立場の人間にする質問でもなかった。
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