「北方の騎士団長か?」
 俺がしたかったのは、ロノウェの顔色を変えることだ。
 ロノウェの表情が変わらないことは、俺にとって楽しいことである。その表情を変えるために、言葉をかけることがお気に入りの遊びでもあった。
「……ええ、まぁ……」
 いつになくロノウェの声がはっきりせず、歯切れが悪い。いつもは鈍いロノウェの足音が大きくなり、耳に割り込んできた。
 これは絶好の機会だ。こんなに都合の悪そうなロノウェを見たことが無い。ロノウェが護衛について数日である。見たことがないのは当然だろう。だからこの程度で浮かれるほどのことではない。けれど、俺の気分は普段よりも上を向いた。
「驚くようなことじゃねぇだろ。ユキシロは北方にしかいない種だ」
「……よく知ってますね。フォー様はご存知ないような感じがしましたが」
 少し間が空いた返答に、動揺が透ける。この話題は、ロノウェを動かすに値するようだ。
 一気に攻めてしまっては、楽しみが減ってしまうと解っていながら、俺は続けた。
「セルディナがいるからな。召喚できる種だと思っているんだろう」
 ウルファは召喚の契約をしない種で、召喚は出来ない。セルディナのお陰で召喚獣が身近にいるフォーは魔獣といえば、召喚獣だと思っている。召喚できない種は多くないが、少なくも無い。確かにいるのだ。俺はそれを知っており、更にウルファだけでなくどういった魔獣が何処にいるか、また、どのように分布しているかも知っている。
「北方にはウルファと狩りをする村もあるだろ? 北方と南方は、貴族以外の出身者も受け付けているからな。ジェリスというのは、北方の家名だったように記憶しているし、出資でもしてもらっているってところか」
 ウルファと関わりがあり、ウルファを連れ歩けるような人間がいるのは国の北端にある小さな村だ。その村しかない。行ったことも見たこともなかったが、それがレスターニャにあるのならば、俺は知っておく必要がある。
 だが、しまいには足を止めてしまったロノウェに振り返り、俺は舌打ちをしたいような気分になった。
「王子は……知ってるんですね」
 入学式の時と同じだ。
 セルディナと一緒に壇上の俺を見上げたロノウェがそこにはいた。本当に嬉しそうな顔だ。違うのは、俺とロノウェの距離があのときより近いことで、ロノウェの表情がよりいっそう解りやすくなったことである。
 何かを見つけ、何かに感謝するような、嬉しくて仕方ないといった顔だ。
 俺はこれが見たかったわけではない。
「……国の、北端の小さな村のことなんて、領主すら曖昧ですよ」
 そんなことを聞きたかったわけでもなかった。
 驚いて欲しかったし、驚いても欲しくなかったのだ。矛盾している。無言で目を見開くだけでよかったし、あるいはそうですよ、よく知ってますねと淡々と答えてくれても良かった。こんな反応がほしかったわけではない。俺のことが好きだというような護衛官たちと同じような、そんなものは欲しくなかったのだ。
 急速に気分が落ちていくのがわかった。
「小さくとも、そこがレスターニャなら」
「王子が自由に振舞うのは、性格だけではなくて王の子で王の魔法使いだからなんですね」
 学生の間は、したいようにしていた。
 色事で遊び、護衛官も弄ぶ。王族としての勤めも、俺がそうありたいと思う王族としての姿を保つためにすることも、したいからしている。王になるにしろ、ならないにしろ、俺は王の魔法使いで王の子だ。その姿は俺の当たり前でありたい。
 それを他の従者は当たり前だと思ってくれていた。それは俺がそう振舞った結果で、俺にとっての成功だ。
 だからといって、そう振舞っているということ、振舞う上で何をしているかということを悟られることが失敗というわけではない。
「当たり前のことだ、あと、性格は余計だ」
 けれど、ロノウェ・ジェリスは、やはり一味違ったのだ。
「そうですか。王子は結構いい性格だと思うんですけど」
 会話を続けながら、思う。
 当たり前のことを当たり前に受け入れてくれていることは喜ばしいことだ。
 そして、当たり前のことがどういうことなのかを理解し、認めてくれることは、存外に心地良い。
 ロノウェは少しだけ、同じでは無いのかもしれない。
「お前に言われたくはねぇよ」
 俺はもう少し、ロノウェを観察することにした。
 お気に入りの玩具は、少し違う楽しみ方ができそうだ。
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