王子の好奇心は退屈と思惑を殺す


 ロノウェが他の護衛官とは違うとはっきり言ったのは、ロノウェと授業を受けているフォーが先だ。
 昼時に俺と二人きりの部屋で、食事をしながらフォーは上機嫌に言った。
「兄上、ロノはいいよ。からかっても面白いし、俺ともちゃんと友達してくれる。何より兄上の他の護衛官と違って鼻につくようなことしない」
 俺の護衛官は俺を護れることに誇りを持つ。俺を本当に護るような出来事がなくとも、その職に就いたということが誇れることなのだ。しかも俺は、どんな性格であろうと王の魔法使いであり、第一王妃が生んだ王の子である。その王子の護衛官に選ばれるのだから、能力も保証されたようなもので、誇りたいのも解らないではない。
 だからといって、俺の護衛官が弟の護衛官より優れているというわけではない。フォーは王になるようなことは間違ってもないだろうといわれていた。その護衛官であるセルディナは、俺の護衛官に下に見られることがある。権限からいうと少しばかり俺の護衛官のほうが上だ。しかし、それを見せる護衛官は褒められたものではない。
 その点でいうとロノウェは驕ったところがないように見えた。俺がいないところでもそうであるのだろう。フォーは嬉しそうに笑う。
「セルディと仲いい兄上の護衛官とか初めて」
 相棒を褒められたことに気がついているのか、俺の足元にうずくまっているユキシロも緩く尾を振っているようだ。先ほどから俺の足に尾が当たっている。
「確かに珍しいな」
 ロノウェは近衛騎士団の団員としても珍しかった。本来ならば貴族しかいない近衛騎士団に庶民でありながら所属している。現在は貴族の位を持っているようだが、生まれながらの貴族でなければ受け入れていなかった近衛騎士団では初めてのことだ。突然の宗旨替えのわりに、騎士団から何かしらの声や行動がこちらに届かない。
 よほどロノウェが強い後ろ盾を持っているか、ロノウェ自身が誰もに有無を言わせぬ実力を持っているか、それとも以前考えたように何か起こっているのか。
 ロノウェに強い後ろ盾があるのなら、ジェリスの姓を貰うようなことはしないだろう。護衛官になるほどの実力が備わっているかもしれないが、誰もに有無を言わせぬほど……それこそ王の魔法使いになるほどの実力があるようにも思えない。
 つまり、何かが確実に起こっているのだ。俺の護衛官にならなければいけないような何かである。
「……俺に関することだろうが」
 俺の小さな独り言は机を挟んだ向かい側にいるフォーではなく、ユキシロに聞かれてしまったらしい。ご機嫌で振っていた尾を、自信過剰だと言わんばかりにぶつけられる。先ほどとはあたりがまったく違う。本当にロノウェより雄弁な獣だ。
「兄上何か言った?」
「今日の白身魚は美味いな」
「そうだね、今日のはほんのり温かいし」
 料理は基本的に冷めても美味しいものを机の上に並べてくれる。冷たいからこそおいしいものも、よく並ぶ。しかし、寒い日には温かいものが欲しくなる。温かいものも食べられなくはないのだが、毒の効果が出るまで待つことになるので、どうしても温かい食事と縁が遠い。
 俺と同じような食事をしなければならないフォーは、それでも食事に楽しみがあるようだ。他人と一緒の食卓につき、温かい料理を食べたがる。俺は食事とはこんなものだと思っており、嫌だと感じることもなければ、楽しいとも思わない。だから、俺にとってフォーはいつまでたっても興味の尽きない存在でもあった。
「これでセルディとかロノとも一緒に食べられればもっといいのに」
 楽しみであるからこそ、フォーは食卓を囲む人間をかなり厳選している。未だに俺以外の議会議員の名前を挙げたことがないし、俺の護衛官などもってのほかだった。
 こうなるとロノウェは珍しいというよりも、フォーにとって特別なのだと感じる。
「そこにエルも入れてやって欲しいものだな」
「だって、エルってば、食事に誘ったりしたら恐縮したり何の企みかって疑ったりで忙しいじゃない。それに、兄上のご学友って感じで、俺の友達って感じしないから」
 フォーの言うとおりだ。エルは俺のために用意された学友であった。年が近く、近衛騎士団団長の息子で、幼い頃から魔法も武術も優秀だったエルは、申し分ない王子の友達だ。
 用意されたということに複雑な感情はある。しかし、教育係や母よりも小言に励み、何かといっては怒られても知りませんよと言いながらついてくるエルを見ていると、用意されたということに拘る必要もないように思えた。
「エルもそう友達は多いほうじゃないんだ。仲良くしてやってくれないか」
「兄上、なんか偉そうだけど、兄上はエルに輪をかけて友達いないからね?」
 友人が少ないことについて、不満に思ったことはない。エルで満足しているということなのだろう。それでもフォーは俺を心配する。
 俺は少しだけ笑った。ロノウェが朝食時に、ユキシロはロノウェを世話の焼ける兄貴分だ思っていると言っていたことを思い出したからだ。どこの兄弟姉妹も似たようなものなのだろう。
「だから、今、ロノウェと仲良くしているだろう?」
 お気に入りの玩具だという認識があっても、仲が悪いわけではない。その逆で、仲がいいほうである。弟妹の話など、他の護衛官としたことがなかった。
 銀の杯を傾け、ゆっくり水を飲む。楽しそうに見えるだろう俺の様子を見て、呆れたようにフォーがため息をついた。
「兄上の仲良くは、なんか含みがあるよね……そう思えば、ロノもなんか含みあること言ってたなぁ」
「なんて?」
 気まぐれに尋ねると、思ったような反応ではなかったのか、フォーが詰まらなさそうな顔をする。
「嫌いになれないだって」
「何を聞いて、好き嫌いの話になったんだ」
「ロノったら兄上がいないのをいいことに代表と浮気しててさぁ」
 代表というと、学級内の意見を取りまとめたり、教師や生徒議会議員の雑用をさせられる生徒のことだ。フォーの学級の代表ならば、リッド・アルフェイドのことだろう。リッド・アルフェイドと言えば、中央騎士団の団長の息子でからかいがいのある幸薄そうな男だ。
「浮気か……本命は誰だ?」
 ロノウェはセルディナやクラウグルとも仲がいい。セルディナとは護衛官同士であるし、セルディナは一応近衛騎士団に属している。先輩騎士ということにもなるだろう。クラウグルは北方騎士団の団長の息子であるから、北方出身のロノウェとも縁があるようだ。
 よく考えると、ロノウェの周りは俺とフォーを除けば騎士団関係者ばかりである。ロノウェも騎士団員だ。騎士団関係者に仲間意識があってもおかしくない。
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