なんて素敵なデート!




「好きとか嫌いとかは、もうどうでもいいんだわ」
俺の目の前で、そいつは笑った。
人が起き出すにはまだ早い時間。
新聞配達の知らない人が、恐らく俺のアパートのドアに新聞を突っ込んでいる頃。
何の鳥だかわからない鳥が鳴いていて、朝になったのかと貫徹した頭で漸く理解するような、思考の鈍る時。
寒いばかりの外気の中、俺はそいつに向かって半分笑う。
人の告白を無碍にして笑うそいつに、複雑な顔をして笑うことしかできなかった。
愛してるだったか好きだったか、さっき言ったばかりなのに、そいつときたらあっけなくそんなこと言って、満足そうに笑うのだ。
俺にではなく、その好きだか嫌いだかよくわからない誰かに向けて、笑うのだ。
振られた。
「だったら、俺と付き合ってくれてもいいんじゃねぇの。好きとか嫌いとかどうでもいいんなら、俺と付き合ってくれても、好きとか嫌いとかねぇんだし」
屁理屈だ。
そいつは俺に視線を向ける。
少し、首を捻った。
豪華なフェイクファーが顔に当たる。暖かそうだなと思った。
「一理ある」
俺もおかしなことを言ってしまったが、そいつもおかしなことを言う。
好きだか嫌いだかよくわからない誰かが、そう思うほど好きなはずだ。俺にはわかる。
俺の独りよがりみたいなもので、勝手に押し付けてるだけなのに、そいつは捻った首を元に戻しつつ俺を確かめるように睨めつける。
「それじゃあ、付き合ってみるか」
俺のことは、どうでもいいことらしい。
理解した。
そのよくわからない誰かには、そんなことはけして言わないのだろう。
俺みたいな屁理屈を言おうとは思わないだろうし、ちょっと前の俺みたいに見てるだけで満足なんかしてしまえるのだろう。
よく解る。
「よし。じゃ、よろしく」
朝の静かすぎる、時間。
酔いつぶれて呻きもしない連中を床に転がした店の一角。
小さく、そいつが頷いたのを見た。
俺はそれを見たあと、床を見て思ったものだ。
床がきたねぇな。
それが一年前の冬の出来事だった。
一年経った冬。
俺のよくわからない誰かは、俺のよく知る野々村誠二(ののむらせいじ)になった。
野々村は寝汚く、食い意地がはっており、喧嘩っぱやくて美人に目がなく、いつも振られて泣きが入っては、酒を飲んで誰かに絡んでいる。
好きとか嫌いとかどうでもいいといったあいつは、野々村の喧嘩友達で、とても仲がいいとは言い切れない。
目を合わせれば喧嘩で、それは確かに好きとか嫌いとか言っている場合ではないだろうなと最初は納得したものだ。
あいつと付き合うことになった俺は、まっとうにお付き合いをしてみたら必然的にあいつと一緒にいる時間が増えた。あいつと一緒にいる時間が増えると、俺に野々村とも少なからぬ面識ができてしまうわけだ。
そうすると、解りたくないこともよく解ってしまう。
野々村は、どの方向なのかは置いておいて、あいつのことが好きだ。
会えば喧嘩しかしないくせに、会わないという選択肢はあいつと野々村にはなく、会って喧嘩しては満足そうにしているのだ。
野々村の好きというのが、野々村にとってどういう感情なのかは測れないが、簡単に友情を超えていると、俺は思う。
それなのに、あいつは俺と一年もだらだらと付き合っている。
別にキス、ハグくらいはするが、身体の関係があるわけでなし、ちょっといき過ぎてしまった友情程度のお付き合いであるのだが、一応恋人という地位は俺だけのものである。女を他に囲うでなく、まして男を囲うでなく、俺だけをそこに置くのだから、性質の悪い恋人ごっこだ。
「お前は本当に馬鹿だな」
そんな性質の悪い恋人である俺は、野々村とあいつを必然的によく見ることになったものだから、ここ一年で、そんな言葉が口癖となっていた。
「……なんで?」
「それを俺にきくあたりも馬鹿なんだっつうの。今に始まったことじゃねぇし、もう俺の口癖だわこれ」
不満そうにあいつが眉間に皺を寄せる姿は、ちょっと好きだ。
だからついつい言ってしまうというのもある。
「で、今日の喧嘩理由は」
「腹が減ってるところに俺がコーンスープを飲んでいたから」
「心底どうでもいいわ」
冬には暖かいコーンスープが美味しく、いい匂いがしていいものかもしれないが、たかだか百円ちょっとで喧嘩して、恋人ごっこの一環であるデートの待ち合わせに遅れてきて、さらに恋人に会う顔じゃねぇわみたいな顔で現れたら俺じゃなくても言いたいだろう。

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