思い出は美しい。



初めて大塚と会った時、俺はまだヤンチャをしていて、大体は不機嫌な顔をしていたと思う。
何か悪いことがあったわけでもなく、もちろん良い事もないが、やたらと苛立っていた。
喧嘩を売られたら、当然のように利子付きで買って、痛い目もそれなりに見たのだが、それより伝説を築くほうが早かったと友人達は言う。
どのような伝説かは聞いた端から忘れることにしているため、例をあげることは出来ないが、おおよそ不良らしい伝説で、大人になると大変恥ずかしくなったりもすることであるのは確かだ。
そんな伝説を築いている最中に出会った大塚とは、一度も喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。
それというのも、途中から俺が大塚に恋してしまったこともあるのだが、大塚と俺が近しい存在ではなく、また、大塚が野々村と喧嘩をするのに忙しかったからだ。
そうなると、現在の俺からはつまらないし、また野々村と喧嘩かと腹立たしい上に呆れてしまうことなのだが、その頃の俺ときたら、これもまたつまらない反応をしていたと思う。
一言にすると『ふうん』だ。
そう、興味の範囲外だった。
それがいまや、嫉妬したり諦めたりと忙しい。
だから、大塚と野々村が喧嘩をしていても、少しだけ眺めて無視することが普通だった。
「あんだよ、マジとれねぇ!」
「ほら見ろ、とれねぇだろうが」
その時は、いつもの喧嘩と一味違い、本当に普通に仲がいいように見えた。
「これでどうよ!」
通りがかったゲームセンター。ピンクや白の機械と写真撮影のための機械しかないような、大塚と野々村に不似合いな場所で、二人がいつもと違ったから目に入った。
そう、いつもより興味が湧いたのだ。
「……マジかよ」
何か重たそうなものが取り出し口に落ちる音がして、野々村が自慢げに落ちてきた箱を取り出した。
「ほら、いらねぇしやるよ」
お前は取れなかったが俺が取ってやったと上から目線で物を言われているように聞こえるそれは、今にして思えば、野々村の照れ隠しだったのかもしれない。
「……いらねぇよ」
少しだけ、大塚の声が遅れたのは、確実に恋心だったと思う。いらないと言ったのは、意地か、恋心を隠したいが故の言葉だったのかもしれない。
「だから、俺もいらねぇよ!」
野々村は気が長いほうではないから、この時もいつものどおり腹でも立てたんだと思っていたが、好意が傷つけられてムキになったとも考えられる。現在の野々村がどうであれ、思い返せば野々村の気持ちも随分大塚に傾いていたと思えることが多々あった。
「ハァ?てめぇがとったんだろ!」
「うっせぇ、やるっつってんだろ!」
とうとう野々村は持っていた箱を投げつけた。
一瞬箱に気を取られ、反応が遅れた大塚は、その箱を返そうと口を開いて、何か言おうとして、口を閉じた。
既に野々村は大塚に背を向けていたのだ。
恐らく、切ないと言っていい顔だったと思う。恋だとすぐわかるような顔だった。
追いかけるのも、それ以上声をかけることも出来ないで、箱を手に持った大塚がいやに寂しそうに見えたものだ。
俺はそこにきて漸くペットボトルをゴミ箱に入れた。
ペットボトルがゴミ箱に入る音に気がついて、大塚が俺のほうを向く。
「……ッ、これ、捨てといてくれ」
驚いていい訳もできない。その上、想い人に貰ったものをこっそり手にすることも出来なければ、自分で捨てることも出来ない。不器用で、随分と一途だ。
その頃の俺は、何か悪いことがあるわけでもなく、いいことがあるわけでもなかった。だから、とても詰まらないと思っていたのだ。
「おー」
気のない返事をして、箱を受け取って、俺に箱を渡したらすぐさま背を向けた大塚を見送り、大塚が、野々村が、心底羨ましいと思った。
茶番だと思うことも出来る。だが、二人のあまり器用ではない様が、このとき、やけに羨ましくて、俺は箱だけ捨てて、その中身を持って帰った。
それは、たぶん俺が大塚を好きになるきっかけで、俺は恐らく大塚に一途に思って欲しかったのだ。
馬鹿だったと思うし、今は大馬鹿だと言って殴ってやりたい。明らかに、あの二人は両想いだというのに、横恋慕したって楽しいことは一つもないだろう。
思い出の中で、いつも俺はあの二人以上に馬鹿だ。
都合の悪いことは早めに忘れてしまうことにしているというのに、本当に、このときのことはよく覚えている。
繰り返し、繰り返し、夢に見るからだ。

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