「とにかく、ごめんなー。なんか、大塚と微妙にさせちゃって」
「いや、俺は別に微妙だとは思ってねぇんだけど」
俺はもう一度首を捻る。
その様子に、東加も首を捻った。
原因だと思われている花巻は俺と東加の様子も気にせず、新しくやってきた客を歓迎に向かっている。
その中に野々村が混じっていた。野々村は野々村で友人を連れて来たらしい。たいへん騒がしい。
「さっき大塚に会ったんだけど」
「ああ、来てんのか」
俺がその言葉にあたりを見渡すと、闘争心むき出しの顔で、野々村がどこかに向かっていた。
俺は、そこに大塚がいるのだろうと確信する。
「篠目と一緒じゃないのかって聞いたら、アイツ、珍しい顔したぜ」
騒がしかった職場が、静かになった。
まるで、演出のようだな。そんなことを思いながら、俺は尋ねる。
「どんな?」
何かが倒れる音や割れる音、俄かにどこかで耳障りな音がする。あとから多額の請求書を二人に押し付けてやろうと心に誓いながら、ポケットに手を入れる。
相変わらず不便なシガレットケースがブサイクなフォルムを俺の手に伝えてきた。
「なんか、しまった。って感じ。聞かれるとは思ってなかった感じだったわ」
「それ、俺のこと忘れてただけなんじゃねぇの」
大塚ならばあるかもしれない。
東加も、俺の意見に一度、頷いた。
けれど、もう一度首を捻る。
「でも、アイツ、その後、お前のこと、わかんねぇっつった」
「それも普通じゃねぇの?大塚、わりと適当だろ」
周りも騒ぎ出した。おそらく、楽しい喧嘩を繰り広げているのだろう。
「そうだけど。アイツ、あんまり、わかんねぇとか知らねぇって言わねぇよ。篠目が代わりに言ってる印象あるけどよ」
東加は、俺より大塚との付き合いが長い。
今朝見た夢より前の時分に、東加は大塚を連れてきた。
そんな東加がいうことなのだから、事実なのだろう。五年付き合いがあるといっても、四年ほどは霞むような友情で、一年ほどは新しくできた友人が楽しくて一緒にいたような関係だ。俺が知らないことは、多い。
「だいたい、篠目と一緒にいないのって、わかんねぇじゃなくて、後から来るとか、一緒じゃねぇよとかあるだろ。わかんねぇって、明らかになんか、投げた感じだろ」
東加のいうことを聞いて推測すると、大塚はあの日から俺とはちょっと微妙なことになっていると思っているということになる。
俺は、いつもどおりどころか、むしろ、少し機嫌がいいくらいだ。俺と大塚とでは、少しあの日のことは感じ方が違ったようだ。
「あー……まぁ、大塚ぶん殴っておけばいいのか、この場合は」
「……篠目、ちゃんと手加減してやれよ。頭悪くなったら、アイツのいいとこ顔だけになるかもしれねぇから」
「あの程度のツラじゃ、可愛そうだが、いいとこなしになってしまうか。仕方ない、手加減してやるか」
東加が笑って俺を騒がしい店の中心地へと見送ってくれた。
俺は漸く、シガレットケースを取り出し、その中身を確かめる。
数本入った、真っ白な細長い筒が視界に入っただけで、少し気持ちが落ち着く。
大塚が俺と微妙になっているらしい。
少し、焦った。
俺にはそういう気はなかったが、大塚にとっては俺のことを考えたくなくなるような出来事だったのかもしれない。
大塚が俺に謝ってきたら、それはそれ。尊大に、タバコをせしめればいい。大塚が何も言わないなら、俺はいつもどおり話しかけてなかったことにすればいい。
一年と少し、俺と大塚は微妙な恋人関係を続けた。俺はまだ終わらせるつもりはないけれど、いずれ、まるで何事もなかった友人みたいになって自然消滅してしまうだろうという感覚がある。
どう見ても、俺と大塚は恋人というには、物足りなすぎた。
けれど、別に、今終わらせる必要はない。
こうして、確認するように思い返して焦る必要もない。
「喧嘩してんじゃねぇよ」
俺はシガレットケースを再びポケットに入れると、すっかり大塚と野々村だけの喧嘩ではなくなっている現場に入る。
落ち着いたとばかり思っていた友人その他諸々は、まだまだ血気盛んだったようで、殴る蹴るで楽しそうだった。