問い詰めて殴り倒したい。 そんなことをしても、大塚の態度が治るわけではない。 俺は殴りたい気持ちをため息で流すことにした。殴ってやってもいいのだが、俺の手が痛むだけだ。解っているから、理性が働いているうちはしない。 「なぁ、店行っていい?」 「お前がきたら、俺の顧客が酒飲まねぇからダメ」 わざとらしく唇を尖らせる様子は、本当にぶん殴ってやりたいほどこちらの気分を害する。 「俺も素敵なバーテンダーさんに奢ってもらいたい」 「俺もって奢った覚えがねぇわ。家で飲め。その前に飯食え。そんで帰れ。マジ帰れ」 俺は大塚から背を向けると、コートのポケットに入っているはずのシガレットケースを探す。 ゲーセンでもらったシガレットケースは、デザインがいいとも言い難い使いにくい代物で、最初は歪んでいることもあり、蓋の開閉に困難を極め、タバコをばらまかないようにするのに苦労した。今では、スーパーの揚げ物を買ったときについてきた色の悪い緑の輪ゴムで止めている。蓋はとてもフリーダムに開閉するようになっていた。 輪ゴムを親指で浮かせると、蓋は自然と重力に従い親指へと落ちてくる。蓋と箱の隙間から見えるはずのタバコを探し、俺は舌打ちする。 一本も入っていない。 どこかのゴミ箱にシガレットケースを投げ捨ててやりたいと苛立ちを感じながら、再び定位置へとケースを戻す。 それに、そう思えば、この近くに喫煙所はなかった。 歩きタバコはしない主義であるし、ポイ捨てもしない主義だ。 そろそろ、携帯灰皿でも買うべきだろうかと思考をタバコから逸らしながら足早に歩く。 「ヤニ、ねぇの?」 「お前のせいでな。つうか、ついてくるんじゃねぇよ」 待ち合わせは駅前の銅像前。 すぐ来るのならば、その待ち合わせで間違いない。喧嘩をしては顔や身体にアザを作ってくるが、顔はそこそこのイケメンだ。背も高いほうで、大塚はよく目立つ。 しかし、遅刻することが通常運行な大塚を相手に、バカ正直に銅像前で待っていては、立ったままで足は疲れる、季節的に寒さもこたえる。いいことなしだ。 それでも時間通り待ち合わせ場所に来てしまうのは、もしかしたら遅れてこないかもしれないという淡すぎる期待と、俺の可愛げだ。 だが、五分も待たないで、近くのファーストフードで待っているとメールをするあたりは、慣れである。あまり期待は長持ちしない。俺の可愛げも一瞬でやさぐれる。 喫煙者にはあまり優しくないこの辺りでは、喫煙者はテラス席に逃げ込むのが常套であり、結局寒さからはあまり逃げられなかった。 風邪をひくのはごめん被るため、厚着とカイロは忘れない。 予測して行動してしまっているあたりが、なんとも悲しい。 訪れては消えていく喫煙者を見送りながら、大塚がやってくるだろう方向をぼんやり眺める回数がデートのたびに増えていく。回数を重ねるたびに思うのだ。 そろそろ潮時なんじゃないか、こんなどうしようもない恋人関係はやめたほうがいいのではないのか、けど、大塚だしな。 現状を正そうにも、大塚だしなですべてが完結してしまう。 俺は諦めというやつとは、ここ数年、とても仲がいい。 恋人という特別に見える地位も、早々と諦めてしまえば、こういう無為な時間も過ごさずに済むというのに、これだけは何故か手放せずにいる。 大塚にとって特別なことなど何一つない地位であってもだ。 「奢ってくれねぇの」 「だから、奢ったことねぇだろ。早く帰れ。ちったぁ見れる顔が、どんどん悲惨になってるぞ」 「そんなにひでぇ?」 恐らく俺の後ろで、俺と同じように足を素早く動かしている男は、顔を抑えたのだろう。いてっと呟く声が聞こえた。 「腫れる。明らかに喧嘩。よろしくない人種。近寄りたくねぇ。客商売の邪魔。アンダスタン?」 「わんもあぷりーず」 「わかるだろうが、解らねぇふりをするな」 黄色いブロックが止まれと注意を促している。鳴っていない信号は赤だ。 何故こんな野郎が好きなのだろう。何度問うても出ない答えを頭の隅に追いやって、振り返る。 「俺の職場に来て飲んだくれるな」 俺がもう一度信号を確認する頃には、向かい合う信号が音を鳴らしあっていた。 |