結果から言うと、野々村は開店と同時に滑り込むようにして店に入ってきた。
そして、この店の常連客であったり、店でナンパした女であったりと飲んで、閉店まで居座ってくれた。
別の店に行ってくれないだろうかと思っていたが、雇われバーテンダーである俺はただ、ニコニコと営業スマイルを浮かべて客に楽しんでもらうしかない。腹の立つことに、野々村は酒を頼まないわけではないし、店にボトルをキープまでしている客なので邪険にすることもできなかった。
強いてできることといえば、何気なく無視をしてやることくらいで、本日の俺はおしゃべりな常連客とカウンターで静かに話したり、酒を作ることに終始していた。
「たっつん、新年会あるんだって?」
他の客と話していたのを聞いてのだろう。
俺が大変ヤンチャをしていた時に、路地裏で俺を拾ってくれた店長の店は、とても落ち着いていて、静かだ。耳を澄ませれば、小さな声でポツポツと交わした会話も、うまく耳でひらうことができた。
「仲間内のな」
閉店の片付けをしているのに居座る客など、邪魔でしかない。野々村がしおらしく、ちょっと椅子を机に上げる手伝いをしているのは、俺があまりにも嫌な顔をするからに違いない。
それほど嫌そうにしているというのに、そんな話題を振ってくるものだから、俺もてめぇは呼ばれてもねぇし、関係もねぇし、とにかく話しかけてくるなという気持ちになっていた。答えてやったのは、俺の少ない社交性からだ。
「なぁ、俺もまぜろよ」
「馬鹿じゃねぇの?」
俺の仲間内というと、大塚も新年会に呼ばれているとこの男は思わないのだろうか。俺も大塚も、大体セットだと思われるくらいには、この一年一緒に行動している。それとも、大塚を見つけたら、大塚しか目に入らないのだろうか。おめでたいやつだ。
「大塚も来るとか言うんだろ?別に、仲悪ぃワケじゃねェし、イイじゃねェか」
大塚と仲が悪いわけではないということは、本人も自覚するところだったらしい。
それならば、俺も、この飲みたがりで暴れたがりな男に本音を漏らすまでだ。
「てめぇが来たら、俺がイライラすんだよ」
「なんでよ」
「見てたらわかんだろ。大塚とられてイライラすんだよ」
大塚がどういう態度で野々村に接していても、野々村がいれば大塚は俺を放って野々村と言い合い、喧嘩をし始める。俺はその間、暇つぶしに携帯を触っているか、タバコを吸っているか、または他の友人と話しているかの三択を迫られた。
「お前、意外と大塚にべったりだよなァ」
意外も何も、隠していないし、恥じらってもいない。嫉妬もすれば、文句も言うし、態度だって悪い。
しかし、客に対しては恐ろしく面が違うが、俺の態度が悪いのはどうも普通のことであるようだ。大塚と俺とは友人のほとんどが仲が良くなったなぁくらいの感想を持っているらしい。
だから、俺と大塚が仲良くなってからちゃんと知り合った野々村からすれば、誰に対しても態度が悪くクールにも見えてしまう俺が、意外と大塚にべったりということになるようだ。
「見たらわかるだろうが」
「いや、わかんねぇから、意外なんだっつうの」
酒は作っても、勧められても、仕事中は断りきれない時以外飲まないことにしている。故に今日は酒が入っていない俺は、シラフであるが大げさに嘆くことにした。
「こんなに愛してるのにか」
普段の俺からしたら、酔っ払っているとしか思えない。
だが、手に持っていた箒を抱きしめての大げさな嘆きに反し、声は淡々としたものだった。そう言ってみて気がついたのだが、この言葉は大げさに嘆くには少し寒すぎたし、俺の性に合わない。しかも、大塚に告げるのにあまりにも不似合いな言葉でもあった。
どうも惰性なのか、執着なのかわからなくなってきたのだが、一年も恋人をしてしまうとそういう気分になってしまうらしい。
告白をする前は、悲劇の主人公よりも思いつめていた自信がある俺は、抱きしめた箒を手に戻しながら、皮肉に笑ってしまった。
「愛してるように思えねェし、その態度」
「そういうこともあるだろうな」
好きなのは確かであるし、度々、大好きなんじゃねぇのという瞬間が訪れるので、愛しているというのもやぶさかではない。しかし、似合わないものは似合わないし、愛しているというには何か違う。
店の片付けをしてしまうと、風邪だと言って途中からいなくなった店長から電話があった。俺がマイペースに終業する頃合を、店長はよく知っている。あまり店にいないようなら乗っ取りますよと冗談を言い、あとはお決まりにお大事にと言って電話を切った。 「たっつんは、社会人としてはできた大人の部類だよなァ」
しみじみ、出来た大人といえない大人である野々村がつぶやいた。
「社会人以外の俺はクソだということか。わかった。すべてがクソだろう、てめぇは便所にでも突っ込んでおけばいいってことだな」
「あ、いや、たっつんとは喧嘩しねェから。マジ」
少し顔を青ざめさせて、野々村が慌てて首を振った。
昔のヤンチャは、ヤンチャだったこのあたりの青少年たちの心を深く傷つけたらしい。今でもヤンチャな野々村でさえ、何故か俺が喧嘩腰になると慌てて、喧嘩相手を辞退する。
残念ながら、昔のようにヤンチャをしようと思わない俺は、その様子をため息一つで流してしまうことにしていた。
俺がため息をつくと、気持ちが切り替わることを察している野々村は、再びいけ好かない態度に戻って、俺にもう一度言った。
「とにかく、新年会まぜろよ。どうせ主催は、はなちんなんだろ。言えば混ぜてもらえるしなァ」
それならばわざわざ俺にお伺いを立てなくてもいいだろう。