恋って大変だ。



野々村が職場に来て、二、三日たった頃だ。
友人から電話がかかってきた。
いつも俺が気持ちよく寝ているときに限って、友人からの電話はかかってくる。
俺が昼夜逆転しているせいもあるのだが、それ以上に、友人達が俺の時間というやつを慮らないからだ。
新年会のお誘いをくれた東加(はるか)などは、気が使える良く出来た友人で、俺には主にメールをくれるし、電話をくれることはそうない上に、時間まで考えてくれる。
だから、こうして、携帯を目覚まし代わりにしている俺をたたき起こすようにしつこく電話をくれる友人は東加ではない。その幼馴染の花巻(はなまき)だ。
「……」
通話ボタンを押して布団の中から一応顔だけ出すと、名前も言わずに友人の声だけを聞く。
『ねぇ、ちょっと聞いてる?聞いてんの?ねぇ、ねーえー』
俺が眠たいときに電話をしてくるのは、仕方ない。起きている時間が違うのだから諦めることはできる。しかし、耳元で騒がれると手に持っている携帯を投げしてしまいたくなるもの、また仕方ないことだ。
「……うるせぇ」
だが、携帯を投げ捨て壊してしまったら、次の瞬間から困ってしまうのは俺である。
投げ捨てたい気持ちは堪え、眠気も手伝い平素よりも低い声を出すと、スピーカーから一歩も二歩も腰がひけたような声で答えが返ってきた。
『お、おう……』
「用件は、短く」
『お、おお……』
眠たいが、意識ははっきりしているし、寝ていたんだなとわかるような声になっているとは思うが、言っていることは理解しているし、記憶している。
『新年会、野々村も混ざりたいって電話きたんだけど、いい?ってのを聞きたくて』
「アン?」
何故、野々村が新年会に参加することで俺に了承を取らなければならないのか解らなかった。
主催は俺ではなく、東加や花巻であるはずだ。
『い、いや、だって、あれじゃん?篠目、あんまり、その』
「はっきり」
電話口の花巻より、俺の意識がはっきりしてきてしまった。こうなっては二度寝が難しい。
『……野々村好きじゃなくない?』
「そうだな」
俺が野々村を好きではないからといって、野々村に参加しないでくれというのも違う。友人二人が開く新年会は、両手と両足を使っても足りないくらいの人の出入りがあるものだ。
仲間内といっても、仲間も仲間だけで友人の枠が埋まるわけではない。仲間の友人の出入りを許していくうちに仲間が増え……といった調子で仲間も多いのだ。そのため長い時間一つの店で開かれる新年会は、出入り自由で何人もの人が来る。
だから、俺一人の好き嫌いを考える必要もない。
「それが?」
『いや、うん、ほら、なんとなく、篠目、ドンだから』
「ア?」
『それ、やめて!俺、悪くない』
仲間内の共通認識だとでも言いたいのだろうか。冗談ではない。
「どうでもいいから、好きにしてくれ」
『篠目はそういうけど、大塚がさぁ……』
「あいつはもっと、好きにしろっていうだろが」
『いやでも』
花巻は、話を無駄に長くすることはあっても、いいたいことははっきりと言うほうだ。言いづらそうにしているときは、大抵、それなりに理由がある。先ほど言いにくそうにしていたのは、俺の反応が怖いからだった。
「切るぞ」
『まてって、大塚がなんか、おかしくて』
「切る」
『だからまって!』
「大塚がおかしいくらいでどうこうすることじゃねぇだろ」
俺は電源ボタンに親指を置いて、回答を待つ。すぐさま切って、なんとか二度寝をしたかった。
『大塚変だと、篠目も、変じゃん』
確かに、野々村関連で大塚の様子がおかしいときは、俺の機嫌が下降するような理由が潜んでいる。
「それだけか?」
『えええ、俺が珍しく親切なこと言ってるのに』
「そうだな。で、それだけなら、気にするな。俺は気にしないことにする」
『うー……解った、じゃあ、また、新年会のことはメールとかする』
携帯越しにバタバタと何かを叩く音が聞こえた。手元にある何かに八つ当たりでもしているのだろう。
「ん、解った。お休み」
そうして俺は通話を切って、再び枕元に携帯を放ると布団の中に顔を埋める。
残念なことに、二度寝は出来なかった。

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