三軒先のお隣さん


「先輩は、異世界って信じます?」
「なんで?」
急にそれ、俺に聞くべきことなの?と思いつつ、俺は、後輩の頭に髪飾りのようにとまっている蝶を追い払う。
後輩は虫によく好かれる。
蝶の種類は知らないけれど、後輩にとまっているのは同じ蝶のような気がしてならない。なんかフェロモンとかでてるんじゃないだろうか。
「いや、ゲームとかあるじゃないですか」
「あってもなーっていうか、いきなり言われたら、宗教かと思うじゃん」
「宗教。確かにそれは、思いますけどー」
と笑ってたのが、なんと数ヶ月前。
俺は、今、宗教かと思っていた異世界とやらにいる。
県内じゃないつうか、市内じゃないっていうか、町内でないってだけでも遠いなーと感じるのに、世界が異なってしまったら、最早遠いとかいってる場合じゃない。
家族は?友達は?学校は?みたいになって、俺、もとにもどれるの?ってなるのが当たり前。
だいたい、ここは日本じゃないだけじゃっていう思いも最初は合った。
でも、現代日本どころか、地球上にそんな摩訶不思議な生物いないよ。って生物がたくさんいて、なんでそんなことできるの?ていうか銃刀法違反じゃないの?みたいなことがたくさんあったら、此処は違うんだなって思わざるを得ない。
あ、もしかしたら夢かも。とは今でも思っているんだけれど、一向に醒める気配もないんで、仕方ないからこの世界で生活している。
やれやれだ。
一番最初に目が醒めたとき、俺はしゃべる羽つき猫に、こういわれた。
『君は巻き込まれてここに来たんだニャ』
『かえる方法はただ一つ。いつくるかわかんにゃい界渡りの能力者に連れてってもらうことのみ』
『でも、君は選ぶことができるニャ。君は巻き込まれたけど、この世界に必要だから、ここに来たんだニャー』
『もし、君が必要ないと感じるのなら、君はこの世界に来た意味を君自身で作ればいいニャ。何事も楽しむべきだにゃー』
なんて。
言われても、当初は楽しむなんて無理な話。
俺の15年間生きてきた上での常識なんて、この世界では常識じゃなくて。
しかも、家もなければ、身元不明の不審者である俺がどうしたら生きていけるんだ。とか思ってしまうわけで。
巻き込まれたとか冗談じゃない。
…はずだったんだけど、この世界はよくできていた。
『とりあえず君は学校に通うといいにゃー。君みたいのがたくさんいる学校、いってらっしゃいましましだにゃん』
といって、羽つき猫が俺を今、俺が通っている学園に連れていってくれた。
おかげで俺は身元は不明なままだけれど、家…寮に入ることができたし、学生という職業を手に入れたわけだ。
えらくケアが万全な異世界だなぁ。と急展開においていかれながら、思ったものだ。
ちなみに、俺は巻き込まれた人間なわけだが、巻き込んだ張本人はなんと、異世界の話を急にした後輩。
あいつはこの世界の人間だったとかなんとかで、呼び戻されたらしい。
あいつにとまる蝶は、いつも同じような気がしていたが、どうやら同じだったようで。この世界の蟲とかいうのにあたるらしい。
そして、後輩はサモナーとやらであるらしい。
どうでもいいことなのだが、俺は学園ではテイマーというものにあたる。
簡単に優しい感じで説明すると、生き物とオトモダチになってたまにお手伝いしてもらうのがテイマーというやつに当たるらしい。
色々な場所から生き物を呼び出し、その力を借りるというのがサモナーだそう。
それを説明してくれたのは、不運にも俺付きになってしまったガルディオ先輩だった。
先輩は褐色の肌で、殆ど白に近いピンクの髪で、ちょっとしたロンゲをターバン?バンダナ?みたいなのでまとめてる、いかにもチャラチャラした雰囲気の人で、俺と同じテイマー。
「先輩、俺はもうダメです」
「あは。ガーンバレ」
「頑張れとか頑張れとか!俺、もう無理ですって!」
半泣き状態で俺は逃げ回る。
何からって、なんか、毛の生えた…生き物から。アレはなんだ。とにかく肉食じゃないことを願う。
「無理じゃない無理じゃない。できるできる。ほらほら、だって、こんなにもセキヤくんに友好的なんだし。両手を広げてかもんかもんすればいいんだよー」
「意味ワカンネーよ!無理無理無理!ぜってーくわれるぜってー!」
「そんなんじゃ、テイマーになれないぞー」
「なれなくてもいいです!」
俺が断言すると、先輩は溜息をついて、パンパンと両手を叩く。
「ハガネ」
『承知』
黒い豹というか虎というか…とにかく黒い獣が俺を追いかける生き物の前に急に降り立つ。
ほんと、躍り出るとかじゃなくて、降り立つ。なんか、マジ急に。
そいつはハガネといって、先輩がテイムという…まぁ、悪く言えば手懐けてる獣の一匹だ。
そいつが少し唸るだけで、俺を追いかけてた生き物はぴたりと動きを止める。
『……至極残念だそうだ』
「ほらほら。今からでも遅くないよ?」
「だ、だって、そいつ、めちゃくちゃでかくないすか!」
「小さければいいの?」
『小さければいいそうだ』
「ちょ、ハガネさん、ちょ、言葉曲げないで」
ハガネがそう言ったと同時くらいに、大きかった生き物が小さくなる。
兎っぽい何かになっていた。
「小さくなったけど、どう?」
先輩はヒュンヒュンと短い棒状のムチを回しながらそう言った。
先輩はムチを持ってはいるけど、使ってるとこ見たことないなー…とか思いながら、俺はそろそろと、小さくなった生き物に近寄ってみる。
「大人しい?大丈夫?草食?」
兎っぽいけど、これ、兎ではないんだろ。わかってる。
「うんうん、草食草食。君にとぉーっても友好的。ほらほら、ささっと、ぱぱっと契約契約」
俺はビクビクしながらその生き物の頭に手を置く。
すりすりと頭を摺り寄せてくる兎っぽい生き物。なんとなくかわいい気もしなくはない。気のせいでなければいいな。
「主人の名はセキヤミツル。汝に名を与える……雪花(せっか)」
「セッカ?」
「ユキの花って、俺の世界じゃかくんです」
「あ、白いから?ひねったねー。うん、セッカも気に入ったみたいだよ。よかったねぇ。これで、セキヤくんもテイマーだ」