食われそうってビビってる場合じゃない。
いや、普通にビビるけど、ここは逃げなければ。
しかし、地上何メートル。いったいどうすればいいのだろう。時計塔にでも飛び移ればいいのだろうか。いや、現実的ではない。だが、それしかないようにも思える。
そして、隣の時計塔をちらりとみた俺の目に映る、羽が生えた、ヒース。
「……って、おい。助けてください!」
腕を組んで、俺と青い鳥を眺めて首を傾げた。
「…熱烈な愛を邪魔してはユニコーンにけられると思いまして」
「愛!?ちょ、愛とか!こんな愛はいらない!」
愛しくて愛しくて食べてしまいたいとか、食べられる俺からしたらそんな気持ちもないのだし、というか食べる側も心外だと思う。美味しそうだから食べるんじゃなくて、食べられると思ったから俺をとってきたわけだから。
「そんなことを言われましても」
ちょっと、何気なく怒ってるというか拗ねているというか。
ここでごねられても俺も困るんですが。
『なんだ、餌が増えたのか?』
ライオンを喰う鳥って新しいかもしれない。
いや、ハゲタカとかは食うか?死んでたらライオンだって驚異じゃない。
体長でいうと、青い鳥のほうがヒースよりは大きいサイズ。
肉食対肉食の戦いって激しそう。
いや、現実逃避している場合ではない。
「いや、餌ではない」
ヒースはしっかり否定してくれてるけど、依然として状況は変わらない。
「だから、助けて!」
「…それが、私にものを頼む態度ですか?」
「助けてくださいっ!なんでもしますから!」
即座に言い直したんだけど、なんでもしますにはちょっと身を震わせたものの、反応が返ってこない。
いい加減、青い鳥も待ってはくれない。
邪魔してくる気配のないヒースは無視で、とりあえず頭数を減らしておこうという魂胆なのだろう。
俺に向かって嘴を下ろそうと、一度その嘴を上へと上げたとき、俺は思いっきり叫んでいた。
「いいから助けろッ!童貞のまま死んでたまるかッ!!」
思いっきり、混乱していた。焦っていた。
まさか、童貞とかそんなこと自分でも言おうとは思ってなかった。
死にそうになったら走馬灯のように何か考えがめぐる?思い出がめぐるっていうの?あんなことあったな、こんなことあったな。あれ、彼女とキスはしたけど、あれ?俺ってばまだ未開封なんじゃないの?とか、ちょっと思ってしまったのがよくなかったんだ。
こんなだからレントに、そこかぁーって言われるんだと思う。
「…童貞?」
ヒースがおりてくる嘴に向かって何か投げた。
…それ、俺の落とした剣。
『…今更邪魔をするのか?』
「うるせぇ、卵生の奴らには解りにくいだろうが、男の童貞は女の処女ぐらい価値がある」
なんか、ヒースの声が聞こえない。聞きたくない。
「…もちろん、処女でもありますよね?」
「男に処女とかきいてんな」
もう、ヒースの言葉に死にそうとか忘れる。
青い鳥もヒースにひいてる上に、ヒースを警戒して俺のこと放ってくれているし。
「わかりました。処女ですね。よし、そこの鳥、香ばしく、焼けろ」
今から何か呪文とか唱えられても、嘴下ろすほうが早い。
俺は投げられて、幸運にも巣の一部に挟まっている剣に近づき勢い良く抜く。
それに気づいた鳥がこちらを見ると、嘴を下ろす。
俺は剣を盾にしながら、それから逃れると巣から時計塔に向かって飛ぶ。
「ヒース来いッ!」
ヒースは呪文の途中で一瞬にして変幻。
ライオンの形となって俺の服を咥えると、上空へと投げる。
俺は投げられるままに抵抗せず、ある程度上へと飛ぶと、そのまま落下。
ヒースの背中に収まる。
『最初から、命令してくださればいいものを…ああ、でも、なんでもしてくださるんですよね?童貞下さい』
「助けてくれなかったから無効」
『…剣投げたじゃないですか』
「それは助かったけど…あれは助けるために投げたんじゃないよな?」
明らかに、自分の都合で投げたのだと思う。
『結果的に助かったじゃないですか』
「じゃあ、妥協してキスまでで」
『……』
不満そうにするヒース。
キスだってあんまりしたことないんだから貴重なのに。
そんな会話の間にも襲い来る青い鳥。
さっきから上空から何度も、鋭い爪でこちらをつかもうと落ちてくる。
ヒースは余裕綽々でそれを避ける。…攻撃が単調なのだ。
落ちては上空へ、落ちては上空へ。
美味しくないものを狙う割にはしつこいな。
「そんなに飢えてるなら飯くらい食わせるから、やめてほしい」
そんなボヤキを聞いていたのか、俺の目の前で青い鳥は滞空して俺を見つめてきた。
『…本当か?』
その段になって、ようやくミハイル先輩が言っていたことを思い出す。
話が出来る相手なら、話をしつこいくらいして落としてしまうのが一番いいんだよ。
…ミハイル先輩はあんな穏やかな顔をして、落としてしまうとか、いうことはただの野獣である。