カイリ先輩が帰ってきたというから、カイリ先輩にくっついて帰ってくるだろうガルディオ先輩を訪ねてシーラーの寮にいったら、そこには予想外の人物がいた。
部屋の隅で膝を抱え、ため息をつく。何かといっては語尾に欝がつく男。イーリ先輩だった。
「ええと…ガルディオ先輩は?」
俺を家族に入れてくれたから、初めてできた先輩だから、たぶんそんな理由でガルディオ先輩に必要以上になついている俺は、内心、ガルディオ先輩がいないことにしょんぼりした。
しょんぼりしたが、それ以上に、カイリ先輩の反応が怖かった。
「…さぁ?」
いつも眠そうで、感情の殆どは『眠そうだなぁ』に消されてしまうカイリ先輩の唇が、ニヒルに片方だけ曲がって、冷ややかな笑みというやつを貼り付けていた。
これは、何かガルディオ先輩やらかしてしまったのか。
俺は怖かったので、ガルディオ先輩はあとから帰ってくるんだ。きっとすぐだ。と思うことにした。
そして話をそらすために部屋の隅にいるイーリ先輩に目を向ける。
「イーリ先輩連れて帰ってきたんですね」
イーリ先輩はレントやカイリ先輩、リュスト先輩の属する一族の一人だ。カイリ先輩のひとつ上の先輩で、リュスト先輩の一つ下。三学年のシーラーである。
シーラーは、色々な場所からシールを集める人と、人から集める人がいる。カイリ先輩とイーリ先輩は色々な場所にいってシールを集めてくるタイプであり、特にイーリ先輩は度々外にいってしまう人だ。
「ああ、この人、たまに迷子になってるから」
「…迷子ではない」
「ああそうですか」
今日は眠そうじゃないカイリ先輩の態度は冷たい。
「死ぬにいい場所をさがしていたんだ…見つからなかった。鬱だ」
「それはまた。どうせまだ死なないんでしょう?」
「まだ死ねないな。死んでしまったら、アレがいない。欝だ」
「あんたと喋ってたら、俺が欝になりますよ」
カイリ先輩は先輩に対しても容赦がない。
これはもともとの性格なのか、それともガルディオ先輩が怒らせて不機嫌のままなのか。
怖いので追求できず、俺はイーリ先輩とカイリ先輩の話に混じる。
「アレって、誰ですか」
「アレはアレ。お前もよくしる、アレ。はぁ…アレに会いたい。会いたい。でも会えない。会ったら怒られる。欝だ、欝すぎる」
カイリ先輩ではないが、俺が欝になりそうである。
部屋の隅で膝を抱えながら前後に揺れるイーリ先輩は、その『欝』を楽しんでいるようにも思える。口癖だし、本当の本当に本人が欝と思っているかどうかわからないため、あまり気にしないことが、この先輩の欝の対処法である。
この先輩も、リュスト先輩と同様、リオラ先輩をやたらに避ける。
リオラ先輩と同じ空間にいたことを見たこともない。
これについて尋ねると、ガルディオ先輩は『これには深いわけが』と視線を合わせてくれなかった。
何があったのか知りたいが、知りたくない。複雑な男心。
「…ところでカイリ、アレはどうした。アレ、アレ…」
「指示語で喋らないでください。ガーディーならちょっと外出中です」
「そう、ソレ。外出?あの蛇のようにお前を付け狙っている男がか?お前がここにいるのにか?その上あまり外にでたがらないともきいたぞ。気のせいか」
俺が気になっているけど怖くて聞けないことをイーリ先輩は、ずけずけと聞いてくれる。俺はおとなしく小さくなって聞いていればいいので、ちょっと得した気分だ。
ただ、部屋の温度は下がった。
もちろん、カイリ先輩の機嫌によるもので、実際は下がっていない。適温である。
「あんたは人のこととなると…欝なら欝らしく、黙っておけばいいものを…」
「ふは…ひ、ひは…ひゃは、ひゃ…ッ、オモシロイことを…ッ。他人ごとのが楽しいに、決まってるじゃないか。他人ごとだから…ッ!」
そう言うと腹を抱えて、聴いてるこっちが気分の悪くなる笑い方で笑い出したイーリ先輩。カイリ先輩はため息をついて、首を横にふる。
こうなったイーリ先輩は放っておくに限る。
「そういうわけだから、あいつは帰ってない。…もうすぐ帰ってくるだろうから…」
イーリ先輩をみると大抵のことはどうでも良くなるらしい。
カイリ先輩は、なんであんなどうでもいいことで喧嘩なんかしたんだっけ。と呟いた。
そうですか。喧嘩ですか。しかもどうでもいいこと。
肝をこんなにも冷やしてしまった俺は、犬も食わないということばを思い出した。
そう思えば、ヒースは馬に蹴られるをユニコーンに蹴られるとかいっていたなと、ちょっと思い出して、犬も食わないは一体何だろうなと、考えた。
そうでもしないとイーリ先輩の不快極まりない笑い声が耳に響いて、変な顔をしそうだったからだ。