そうやって険しい山道をコミュニケーションをとりながら登っていたのだが、不意に、レントが後ろを向いた。
しばらくして、何か走ってくる音が聞こえた。
しかもかなりの速さだ。
「追いついた!」
息も切らさずやってきたその人は、久しぶりな耽美兄弟三男坊のガルディオ先輩だった。
「え、先輩?」
「グループまーぜて」
「いや、いい、ですけど…あ、え、お、おかえり…?」
唐突のことについていけない俺に、ガルディオ先輩は何度か頷いて『ただいま』といってくれた。
健康状態もすこぶるいいようだし、よかったよかったと思いながら見た先輩は、ただいまといった後、後ろを振り返り、俺の後ろに隠れた。
「ごめん、ちょっとかくまってくれる?あ、そこの女の子もいいこと教えてあげるからかくまって。レントは、たぶん味方になんないし、いいや」
ガルディオ先輩がそういうや否や、モノクロコンビが勝手に顔をだした。
主を守るように山の麓に向かって立ちはだかる姿は雄々しいのだが、けして物々しい感じではない。
少し楽しそうですらある。
「人がせっかくまっててやったのに、それか」
ふと、急に現れたのはカイリ先輩だった。
「恩着せがましい言い方だねぇ。やだやだ」
カイリ先輩がいつもどおり眠そうな顔で、ゆるく首を振った。
仕方ないなといった様子だった。
「まだ喧嘩続行中なんですか、ガルディオ先輩」
「だって、カイリが喧嘩して、しかも怒って帰っちゃうんだもん。冷たくない?つうか、ムカッとしない?というより、最悪だと思わない?」
カイリ先輩のことが誰よりも好きだと自称するガルディオ先輩が、カイリ先輩と喧嘩した上に置いていかれたとなれば、それはガルディオ先輩にとって一大事に違いない。
『主はあんなことを言っているが、カイリ殿が待っているのを見たとき、尾があれば振れていただろう』
『そうそう、ちょっと泣きそうなくらい喜んでた』
「……灰色コンビの裏切り者ー」
うわああんと俺の肩で嘘泣きをする先輩は、本当に元気そうで何よりである。
「見捨てられたと思ったら、誰でもああなりますー。カイリだからなったんじゃないですー」
喧嘩原因はなんであるか知らないのだが、最悪だと思ったのは事実のようだ。
最悪なのは、ガルディオ先輩ではなく、自分自身にだとは思うが。
わかり易い嘘をつくガルディオ先輩は、カイリ先輩に構ってもらいたいというより、自分自身の行動が恥ずかしくなったようであった。
「やだ、ユニコーンに蹴られそう…」
ファルナが思わず呟いた。
それくらいガルディオ先輩の態度は明らかである。本人に隠す気はなく、カイリ先輩もガルディオ先輩のことをよく知っているため、今、俺の後ろに隠れているのは無意味なことだ。むしろ、俺をあいだに挟んでやめてもらいたい。
「痴話喧嘩やめてください」
『激しい痴話喧嘩…いや、痴話喧嘩とは遠慮ない分激しいものか?』
『主とカイリ殿ではスペックが違うから、規模が違うだけじゃない?』
『そうか、そうかもしれないな…』
仲良しモノクロコンビがなんだか怖いお話をしていたが聞かなかったことにした俺に、カイリ先輩が話しかけてきた。
「歩いて登山しているのか?」
「あ、はい。移動方法がなくて」
「そうか…なら、一気に連れて行こうか?」
そんな魅力的なことを言われたら、俺でなくとも目を輝かせるだろう。
実際、俺と一緒のグループである二人も目を輝かせた。
「懐柔!」
などとガルディオ先輩は言っていたが、犬も食わない喧嘩なのだし、もうカイリ先輩は落ち着いたものだし、ガルディオ先輩なんてカイリ先輩が落ち着いているのならコロリだろう。
俺は先輩を無視して頷いた。
カイリ先輩は俺達の人数を確認したあと、『裏切り者ー』と言いながら俺から離れてしまったガルディオ先輩の方を向いて、尋ねた。
「お前は一人で行くか?」
「…一人でいけるけど?」
確かに、ガルディオ先輩は何らかの移動手段を用いて人が走れる速さではない速さでこの険しい山道を走ってきた。この先も平気でザクザク登っていくだろう。
「……置いて帰ったのは、悪かった」
「………一緒に行く」
いそいそとカイリ先輩に近づくガルディオ先輩は大変素直だ。
「ヘルハウンドも喰わねェーし」
ポツリとレントが呟いた。
なるほど、犬も食わないのはヘルハウンドか。
しかし、ヘルハウンドとはまたいかついのきたなぁ…なんて思っているあいだに、俺達はカイリ先輩の魔法によって目的地についていた。