「いや、それにしても、王子くんのあの夢見がちな発言…」
「あんだけ一心不乱に訓練してた人間にいう台詞じゃないな」
いつまでたっても覚める気配のない夢からの逃避にいそがしかったもので。
とは俺も言えない。今も夢だと思ってるから。夢だけど、目覚める気配がないのだから仕方ない。とも諦めてはいるけれど。
後ろで聞こえないようにボソボソ呟きあっている先輩方は放っておいて、後輩とその取り巻きたちの後ろについていく。
後輩は俺と一緒に歩きたがっていたが、そんな敵の中に身を置くようなマネはできず、後ろからトボトボとついていっているわけだ。
「それにしても、簡単に行けるんだなァー、現場に」
「進行速度自体はゆっくりらしいし、原因不明ってことと、街がなくなるってことが問題になってるらしいから」
「人は?」
「それもいなくなるから、死んでるか生きてるかっていうの解らないって。のんきなもんだよー?それで十余年だなんて」
ガルディオ先輩が皮肉に笑った。そうだよな、呑気なもんだよ。
「でもねぇ、その進行から逃げることは可能だから、うん、まぁ…大方は非難してるから最初に消えた人以外は無事らしいよ」
「せんぱーい!ここから先が消失地点ですー!」
後輩が呼んでくれたので、俺たち四人は前方を見た。
まるで切って張ったかのように景色が違った。
俺や後輩がいる場所は青空で雲ひとつない快晴。しかし、ある部分から重たい黒雲がたれ、隙間から見える空は夕方より赤い。
「明らかに違いすぎ」
思わず俺がつっこんでしまっても仕方ない。
道は何故か途中から真っ黒。歩いたら底なしでそのまま落ちていくんじゃないかというほど周りに何もなく、空だけが存在を誇示している。
「先輩、どうですか?」
「ひどいねぇ…別の世界が混じっちゃってる。境界があいまいになってるっぽいなぁ」
先輩は何事か呟き始める。
俺には理解できない言葉で、ポツリポツリと何個かの塊でなる…たぶん呪文なんだろう。それを唱えて右手でムチを抜く。
左手で四本ナイフを抜くと軽く空へと投げ、ムチを横に凪ぐ。
「セイッ」
ムチの描いた横一本の線は一度淡く光ると四分割されてナイフへと飛んでいき、ナイフは真っ黒な部分と、普通の道の部分、二つの境目に刺さる。
前にいる連中は非難轟々だったが、先輩は無視だ。
さっきの仕返しだろうなぁ…。
「うん、こんなもんじゃないかなー気休めかもだけど、これで境目らしい境目ができたよ。ナイフが刺さってるとこだけだけど」
「すっごく気休めですね」
「うん、厳しい感想ありがとう。さて、それじゃ、黒いほうに皆でいこうねーあのわからずやたちに、服従させたけどダメでしたってのをみせないと!」
「……やっぱり、行くんですか、行かない方向がいいです」
ガルディオ先輩はムチをいつも通りクルクルと回して、ゆっくりと首を横に振った。
俺の意見は却下のようだ。
仕方ないので、まだ騒がしい後輩のいる場所までいくと、潔いまでに周りを無視して後輩に話しかける。
「俺が、召喚されてるやつテイムしてくるから」
できるものなら!だとか、できるわけがないとか外野が煩かったが、後輩は暫く俺を見詰め。
「先輩が…いえ、先輩なら…」
この絶大の信頼は一体いつ得たのだろう。
ちょっと後輩が気持ち悪くなりつつ、後ろに振り返り、大きく腕で丸を作ってみせる。
「あ、テイムするの見られてるの恥かしいから、おまえはくんなよ。絶対くんなよ。絶対だからな」
オマケに後輩に小学生のような念押しをして、先輩方と友人が来ると、俺はちょっと引け腰になりつつ真っ黒な場所へとむかった。
いや、だって、さすがにコワイだろ、底なさそうに見えるし。
足を恐る恐る踏み出してみたが、結構普通に地面だった。ビビッてる物腰がすごく滑稽だったと思う。レントが馬鹿みたいに笑っていてた。あとで殴ろうと思う。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと地面だから。ただ単に境目がわからなくなるくらい塗りつぶされてるだけだから。ほら、不思議なことに俺たちは不自由なく見えるでしょ?しかも、空も相変わらず見える。光さえ入ってなさそうなのに」
そう、俺たちは快晴の空の下にいたときと同じようにしか見えない。
赤い空、しかも曇り空の、周りは真っ黒な場所で、そこまで変わらないのはおかしい。
「まぁ、俺たちにそれなりの力があるから、なのかもしれないけどねー?」
「というと?」
「なんだろう、自分たちの視認してた情報をそのまま再生できてるっていうか…うーん…またあとでレポートにでもまとめようかな?」
「…先輩が頭いいんだなぁというのはなんとなく解りました」
「わーお。今まで俺のことなんだと思ってたか疑う言葉だよねーあとできくねぇ、それも」
うん、ちょっと怖いことが増えた。