見える範囲はそこそこ近い


この覚めることのない夢を見る前は体力を付けようと思い立って、急にジョギングをはじめた。
ジョギング初日、出会ったジョギングの先達に言われたのだ。
まとめるとこうだ。
自分の身の丈に合ってないことをすると大変だぞ。と。
そんな言葉を今思い出してしまったのは、不幸にも、自分の身の丈に合っていないことをしようとしているからにちがいない。
俺はそう思う。
黒くて出鱈目で、くらい場所を歩くこと数時間。
巨大な屋敷が忽然とあらわれた。
「これは普通罠だとかいうべきですかね?」
先輩に尋ねると、先輩はしばらく屋敷を眺めて首を傾げる。
その後ろにいたカイリ先輩もしばらく屋敷を眺めたあと、足で二度地面をたたく。
一度目に二重の円が躍り出て、二度目に何かの文字列が…たぶんシールなんだろうけど、俺にとってはアラビア語状態である。とにかくそれらが円のなかに所狭しと並ぶ。
カイリ先輩はしばらくそれを眺め、ガルディオ先輩と同じように首を傾げた。
「普通に人間が十数人くらしている」
「うん。俺も人間が普通に動いてる気配しか感じられないよ」
ガルディオ先輩がまず気配をよんで、同じように気配をよんだカイリ先輩がシールを使ってくれたらしい。
俺とレントは二人して先輩のすごさにスゲーとぽかんとするばかりだ。
あの学園にいると、毎日学業をこなし、俺はテイムするために武器を使ったり知識を詰め込んだりするので精一杯であったし、何より俺の世話係をしているガルディオ先輩はテイムする気がない。戦っているのも訓練しているのも、そしてテイムしているところすら見たことがない。
俺も頑張って剣を振り回しているが、まだまだ頼りない。1、2度、先輩がナイフを投げて助けてくれたが、たいした動きはしていない。先輩の実力ってやつを俺は知らない。
カイリ先輩にいたっては優秀なシーラーであるということと、ガルディオ先輩がカイリ先輩のことを大好きであるということ以外はよくわからない先輩だ。
遠くの気配がわかるだとか、どう気配が違うとか。そんなことが解るかどうかなんて知っているはずもない。
レントなら知っていてもいいのだが、いかんせん、シーラーの一家というやつは、シールを集めるというころもあって放浪癖のある兄弟といった感じが強く、テイマーの一家より一緒にいることが少ないのだ。
特にカイリ先輩はシールを集めにほっつき歩く兄貴分を連れ帰る役目にあるらしく、よく学園を留守にしている。
帰ってくるたびシールをどこかに隠し持ち、帰ってきてすぐそれをなくすのはさすがだ。
「ヤー…まさか、最初に消えた十数人ってオチはァ…」
レントの呟きが、その場に沈黙をもたらした。
「あるかもしんナイわけっすか…」
レントが肩を落とした。
犠牲がなくてめでたしめでたしじゃないかと肩をたたくとレントが微妙な顔をしてくれた。
「罠は?」
どうやら、罠を期待していたらしい。
先輩方は首を振るだけだった。
ないらしい。
このまま屋敷はスルーで。といきたいところだが、情報が少ない。
俺たちはその屋敷に行くことになった。
かたく閉じられた門を前にどうやって声をかけたものかと思っていると、カイリ先輩がフットワークも軽く、蝶番に手をかけノックをした。
ゴゥンゴゥンと力もいれてないだろうに響くノック音に、本当に人はいるのかと疑う。
ノックをして、待ってはみたが人があらわれる気配はない。
カイリ先輩は何も言わず、ノックするという行為を五回ほどやった。
ノックのたびに気配をよんでいたらしく、ガルディオ先輩は三回目のノックの時にため息を吐いた。
二回目のノックの時点で、レントがスルーしましょうよといった。
四回目のノックの時、俺も音を上げた。
ノックのたびにしばらくの間待つから、この屋敷でどんだけ待たされるんだと…思ってしまうわけで。
「十数年誰も尋ねてこなかった場所に誰かが尋ねてきたら…しかもこんなおかしな場所に…それは警戒もするだろう?」
まぁ、まさにその通りだけども。
カイリ先輩は気が長いなぁと思った五回目。
ようやく、門の扉についた小窓から声が聞こえた。
「誰…ですか…」
恐る恐るかけられた声に、カイリ先輩は殊更ゆっくりした速度で言葉をつらねた。
「この国に頼まれてこの状態を解決しにきた者です。お話をお聞かせ願えないでしょうか…?」
カイリ先輩は放浪している間に処世術を学んだに違いない。
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