視界の端は圏外


なんだかんだで王子様ご一行についていって、とある国の問題点まで行くことになった俺についてきたのはなんと三人。
ガルディオ先輩は当然だが、まさかカイリ先輩とレントがついてくるとは思わなかった。
名目上は俺とガルディオ先輩の護衛ということになっている。
しかし、一夜漬けではないのだがそれに近い形で武術を叩き込んだ俺とは違って、ガルディオ先輩はただ守られるほど弱くないし、モノクロコンビがガルディオ先輩が何もしなくていいくらい強い。
俺の雪花もそうだ。結構強い。
「まぁ、保険だよね」
俺は腰のベルトに長さの違う曲刀を二本さして、苦笑する。
「召喚されたやつってのが強いって噂ですしね」
「そうだねぇ。うちの灰色たちもセッカも、俺たちもダメだったらあえなく全滅だもんねぇ」
ガルディオ先輩はいつも持っているムチと薄くて軽いナイフをたくさん差したベルトを装着する。
「お前ら、王子様ご一行はあてにしてないんだな」
武具すらもっていない手ぶらで身軽なカイリ先輩は、レントの刀を正眼に持って俺たちを眺めている。
「そうだねぇ。俺は守ってくれなさそうだし。セキヤくんを守ろうという意思があるのも王子くんだけっぽいからねー」
レントがカイリ先輩から刀を受け取って腰に佩くと、溜息をついた。
「最悪じゃん」
「ま、自分の身くらい自分で守るし」
じゃないとこの世界にきてから叩き込まれ、ずっと使い続けてきた武術が無駄になるというものだ。
「ああ…それなら少しお守りをやろうか」
カイリ先輩が俺に向けて手のひらを見せる。
俺は素直に頷いて、短いほうの曲刀を抜く。
「両方抜け」
二つともお守りをくれるというのなら、大盤振る舞いだ。
頷いてもう片方も抜く。
いつもは煩いレントも当然のようにその行いを見詰めている。
カイリ先輩は二つの刃に直接触れて、何を言うわけでもなく何もするでもなかったが、一瞬だけ眉を顰めた。
それだけで、手入れの行き届いた二つの刃に違う模様が入る。
シールは人に与えることもできれば、物に移すこともできる。
シーラーではない人にシールを与えることはシーラーに移すよりも難しい。それよりも物に移すことの方が難しい。
カイリ先輩は優秀なシーラーといえた。
その上、カイリ先輩はシールを移す感覚すらある程度はコントロールできるらしい。
シーラーの中でレントやカイリ先輩がいる一族は、成績優秀者しかいないことで有名である。
「小さい方が結界。大きい方が攻撃…衝撃波と一緒に使うと増幅と風の刃を発する。…使いかたはわかるか?」
「はい。確か、脳内でシールの模様をなぞるイメージを浮かべる、ですよね?」
「そうだ。難しいようなら小さい方は自分で撫でても発動すると思う」
「解りました」
俺が頷いたのを見て、ガルディオ先輩がわざと唇を尖らせた。
「あーあー後輩ばっかりかまっちゃってさー。俺にはー?」
「おまえには必要ないように思うが」
眠たそうだからいつも半眼であるのだが、カイリ先輩の目は呆れからくる半眼になっているように見える。
「もし、俺が死んじゃったらどうするつもりよー?」
「どうもしない」
「つめたいのー」
いいながら楽しそうなので、本気では思っていないのだろう。
俺は二人のいちゃいちゃしているのを見ていても退屈なだけなので、レントの刀に目を向ける。
「これ、支給品?」
「ヤー、これはちがう。私物ゥー」
すらりと鞘から抜かれた刀は黒に近い青の刃をもっていた。
「また変わったのもってるなぁ」
「ん。シーラーは本当は武器もって戦う必要ねェーしねー」
そう思えばレントが鍛錬場にいるのを見たことがない。シーラーには必要ないということもあるだろうが、その刀が特別な使い方をするのかもしれない。
「ちょっと楽しみ」
「いや、これ使わないほうが安全だからァー」
そんなものか。
武器や防具をそろえるといよいよ王子様ご一行と合流である。
相変わらず煌びやかだな、さすが王子様。とはいわないで、遠くからやってくる後輩に軽く挨拶するように手を振る。
後輩は嬉しそうにふりかえしてくれた。
相変わらずその他諸々には不人気だけれども。
後輩に会うと、後輩は新しく登場した俺の友人と先輩に警戒心をあらわにした。
何せその二人、この世界では嫌われ者のシーラーでもあるし。
「先輩、そちらのお二人は」
「アーレー?書状届きませんでしたカーネー?」
後輩が警戒心をあらわにするのは仕方ない。しかし、その背後に控える、もしくは後輩の前に出てこちらに寄せ付けないようにした連中に、レントが好感をもてなかったのも仕方ない。
嫌われていると解っていて、こういう対応をされることに慣れていても、いざされると不快になるものだ。 事実、俺も非常に不快だった。
俺とガルディオ先輩に対する態度はまだましだったということがここで解った。
解ったところで、尊敬できる先輩とこちらに来てから仲良くしている友人にとった態度が許せるわけでもない。
俺はしっかりこの態度を心に刻む。
ガルディオ先輩は俺が不愉快に思い、ちょっと怒っているということを解っているのか、何も言わないでいつも通り笑っている。
不愉快な態度にも慣れているというより、まったく連中が眼中にないカイリ先輩がさらっと書状の内容を口にした。
「セキヤとガルディオ、両名の護衛として二名のシーラーをつけさせていただきました。レント・アウグス、カイリ、以上二名。私がカイリで、これがレント。道中、ご迷惑をかけぬよう、ついていく所存です。よろしくお願いします」
まるで用意された台詞のようにすらすらと述べるカイリ先輩。
いつもの眠そうな顔も引っ込めてしゃんと立ち、綺麗に背筋を伸ばした先輩はまるで軍人のようだった。
意外な対応に毒気を抜かれたのは王子様お付ご一行だった。
彼らより年下であるはずのカイリ先輩の姿はまるで軍人のお手本のようであったせいもあるし、まさかあのシーラーに。という気持ちもあっただろう。
「レント」
「あ、はい」
「無駄につっかかるな。俺たちはあの二人を守ればそれだけでいいんだ」
「…はい」
納得はしていない様子だが、つっかかって余計な問題を起したくはないらしい。レントはカイリ先輩の後ろに下がる。
「ところで、先輩、その剣は?」
気をとりなおした後輩が俺の腰にある曲刀をみて不思議そうな顔をする。
「ん。一応の装備。気休め程度?」
言った本人が一番白々しいと思っているのだが、俺の周りにいた先輩方と友人は一様に視線をそらした。
ばれるからやめて欲しい。
「そうですかー!先輩にはちょっと、無骨すぎませんか?」
武器振り回す行為に典雅だとか華麗だとかつくのは熟練者か、それを本当に武器として使っているわけではない人くらいだろ。
なんて思いながら、俺は首を緩く振る。
「飾りならなんでもいいだろ」
答えは冷たかったかもしれないが、いつもこんなものなので、後輩も不思議には思わなかったようだ。
「そうですか。あ、準備が整ったみたいです。そんなにここから遠くないんですよ」
俺はレベル1の勇者がいきなりラスボスと対決して焦るを通り越して困惑するならこんな気持ちなんだろうな。となんとなく思った。
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