そいつはヒースといって、人間ではない生き物だった。
魔法と剣の横行する世界…いわゆるクラシカルなRPGの世界みたいなところからやってきた王族で、王様候補であったとか。
「で、なんで、こうなってるんですか?」
王様候補とかどえらい奴を相手に、レベル1の勇者…ではなくて明らかにただの戦士が挑むだなんてひどい話だ。
「どうしても下僕であるということが拭えないらしくてな。素直に戦って負けたら契約しようという運びになった…のは、わかるだろう、見てたし聞いていたんだから」
カイリ先輩のいうとおりで。
でも、わざわざ俺が契約しなくてもいいではないか。
この世界の契約方法に…テイムという形に納めるにしてもガルディオ先輩もできるのだし。だいたい、学園に戻らなくてもテイマーはたくさん居るはずなのだ。
「いや、当初の目的だろう?」
確かに当初の目的どおりだが。
こんな明らかにこちらより上手そうなやつと戦えといわれても。
最初は先輩方やレントに手伝ってもらうつもりだったし、一対一とか、ほんと困る。
勝てる自信ぜんぜんない。
「がんばってーセキヤくーん」
ちょっと遠くからガルディオ先輩がレントと一緒に手を振っている。
おのれ、レント…友達がいのないやつめ。
「まぁ、とやかく言わずやるといい。俺は、大丈夫だと保証する」
カイリ先輩までそんな…!と思った。俺の向かい側にいたヒースが何か微妙な顔をした。
それもそうだろう。俺が大丈夫ってことはヒースが負けるっていったも同然なんだから。
「では、はじめ」
そして、俺とヒースの戦いはガルディオ先輩の言葉により始まった。
ヒースは背中に羽を生やす。
ああ、もうすでに攻撃が圏外。
と思いながら、俺はセッカを呼び出す。
「セッカ!」
セッカはどこからともなくピョンと現れて、空を飛ぶヒースを…たぶんにらみつけた。
「問答無用手加減ナシで攻撃よろしく。…もとのサイズにもどってもいいから」
俺の言葉に、セッカはぐぐんと大きくなって、跳躍。 跳ぶ跳ぶ。驚きの脚力。
鋭い爪の生えた前足でヒースを引っ掻こうとする。
それは難なく避けられる。
相手は飛んでるんだから当然だ。高度を上げればいい話なんだから。
しかし、俺だってセッカにまかせっきりにしたりしない。
曲刀をぬいて、シールをなぞるイメージ。
横薙ぎにヒースに向かって振るう。
それだけで衝撃派が飛んでいく。
まさか俺にそんな芸当ができるとは思っていなかったヒースは避け損ねたみたいだ。何かブツブツいっていたのに、言葉が止まって、腕に真一文字…あれ、血の色赤っぽいけど、あれ…ちょっと、色がわるくない?紫にちかくない?
明らかに異世界だ…!とか思いながら、俺はセッカにお願いをする。
「できたら、羽を狙いで…!落として欲しい」
合点承知だ!というようにセッカが再び跳躍。
さすがにその段になると、ヒースも飛びっぱなしで何もしない。なんてことはなくて、何かブツブツ言っていたのをやめた。と、同時に何か空に赤い…火、というか炎というのかもしれない状態の燃える何かが出現した。
え、まさか、あれこっちにきたりする?
と思った時には炎はこちらに向かって飛来。
俺は守りのシールをなぞる。
全部はこれで大丈夫という気がしなかったので一応横へ大きく跳ぶ。
守りのシールは俺をちゃんと守ってくれた。
おかげで無傷だ。
カイリ先輩ありがとう、シールがすごく役にたってます。…あとで拝んでおこう。
何か魔法を使ったせいで高度を上げられなかったヒースは、セッカの攻撃を何か棒状のもので…あれは、杖、なのかもしれない。とにかくガードしている。
「意外と…」
空からそんな声が聞こえた。
その言葉にやるなって続くなら、そりゃ光栄。
「セッカ!」
このままじゃ俺に圧倒的に不利。
あの羽をどうにかしないことには。と思った俺は、セッカにもう一度攻撃してもらうために名前を呼ぶ。
セッカはなかなか優秀で、再び跳躍。
そして俺も狙いを定めて、セッカとは違う側の羽に向かって衝撃波を出す。
「同時攻撃か」
ヒースは短く何かブツブツ…たぶん、呪文というやつを唱えているんだと思う。
あっちは余裕だなぁ…と思いながら、俺は曲刀を二本とも投げる。
普通に考えて、武器が二つしかないのに、ひとつならまだしも二つとも投げたりなんかしない。虚はつかれただろう。
俺とセッカの同時攻撃を再び高度を上げることで避けきったヒースに向かって放たれた曲刀の一つはヒースの魔法に落とされる。もう一つはギリギリ避けられる。
これで俺の武器はない。セッカがこちらに戻ってくる前に、俺が呆然としている間にヒースは俺に攻撃しようと思ったのだろう。素早く地面にスレスレに飛んで俺に向かって短刀を下方から突き上げた。
これで刺されたら痛いだろうなぁと思いながら、俺はその下方からの攻撃をギリギリ避け、上方に上がった短刀がこちらに落とされる前に俺はヒースの懐に入り込む。
さすがに、二つしかもっていない武器を手離して、攻撃手段がセッカしかないとか、それはあまりにも愚かというものだ。
俺はそこまで馬鹿じゃない。
そして、長引かせたとしても体力的にこちらが不利そうだし、飛行能力って卑怯すぎる。
にっちもさっちもいかない。
俺は懐に入った状態で拳を腹に入れ、ヒースの体がくの字に曲がった瞬間に膝を入れ捻り、最終的には蹴りだす。
「セッカ」
セッカは非常に優秀だ。俺が名前を呼ぶ前から心得ていたようで、俺の武器を両方とも銜えて跳んできてくれた。
俺の奇襲に受身をとったヒースは派手に後ろにとんだが、武器がもどってきた俺もヒースに飛ばれると弱る。ヒースを追う様に地を蹴り走る。
「羽ッ」
それだけで、セッカは解ってくれる。
俺より素早いセッカはヒースが飛ぶ前に跳び上がり、ヒースの真上から羽に向かって爪を落とす。
ああ、紫っぽい血が降ってくるなぁ…なんて思いながら、墜落するヒースに俺は衝撃波を放つ。
なんとか空中で逃げ切ったのだが、もうそれ以上はなんともなるまい。
俺は跳躍して剣を振るう。
右に持った曲刀をヒースの腕に食い込ませ、地面に落ちたところを、腹を踏んで起き上がれないようにし、左に持った曲刀を首元に突き立てる。
俺は息を切らせながら、ヒースを見る。
やっぱりまだまだ体力がついていかないし…明日筋肉痛になりそう。
なんて思いながら、ヒースを見てみたらこちらを怖いほど睨んでいた。
う、わぁ…。
「保険は必要なかったようだな」
とポツリとカイリ先輩が呟いたのも知らないで、俺はヒースの睨みに内心ビクビクしていたのであった。
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