その姿は、大きなライオンに羽が生えたものだった。
たてがみが立派だなーとか、タテガミ以外も素晴らしい毛皮だなー触りたいなぁ…と眺めるしか、俺にはすることがない。
だって、ライオンとか、明らかに肉食獣じゃない。
グル…って、喉鳴らされて、こちらに振り返られたら、一歩も二歩も下がってしまったって仕方ない。
先ほど堂々としていてくださいと言われたばかりなのだから、堂々とするためにやわらかそうだなー肉球とかあるのかなーモフモフしたいなーと思ってるわけだ。
ていうか、うちのセッカさんと喧嘩とかしませんように…!
とかね…。セッカさん、ヒースと契約するときちょっとつまらなさそうで。今度、ご自慢の白い毛を満足するまでクシでとくからとなだめてしまったんだ。
セッカは身だしなみにとても敏感で撫でられるのが好きなのだ。何十分も、腕が痛くても、前足でもっとと要求をしてくれる。外見はうさぎみたいになってくれてるので可愛いからついつい甘やかしてしまって、またセッカをメロメロにしてー…とガルディオ先輩に笑われることもしばしだ。
「先輩、さすがです…!でも、それなら、いったい何が…原因で…」
後輩の『先輩教』は心の隅にでも追いやるとして、俺がヒースをテイムするということは後輩の国の危機の原因をなくすことになる。テイムしてもここにいるのなら、原因が消えた訳ではないのではないか。とも思えるが、それは違う。
召喚された獣などをテイムする場合、もといた場所に戻すことができること、そこから行ったり来たりすることができることを前提に契約を結ぶ。
この世界に来てから、後輩とてなにもしていなかった訳じゃない。
テイムの仕組みもそれなりに学んだのだろう。
どうやってテイムするとか細かいことは知らないにしても。
元いた場所に戻ることができる。すなわち、この場所に滞在しているが故に国に危機が訪れているという後輩の国の説は違うということになる。
俺がヒースを一度ここから元いた場所に帰したということになってるんだから。
だが、俺は別に何もいっていないけれど、嘘ついている。
俺はヒースを一度もここから元居た場所に戻していないし、戻すこともできない。ヒースは不運にも、異世界から連れて来られて、大型の召喚に使われる装置みたいなものに捕まってしまっただけなのだ。
この場所にとらわれて動けないから、人の姿をとって、むしろここに取り残されてしまった人たちの世話までしていたとカイリ先輩に言っていたし。
お世話になりましたと、その人たちにも涙ながらに感謝されていたし。
そんなヒースをもとの世界に帰すことができるのは、俺と後輩をここに連れてきたとか言われている能力者達だけなのだ。
だから、俺とヒースの契約は普通とは少し違う。ヒースは俺に力を貸してくれる。それは普通の契約と変わらないけれど。いつでもどこでも呼び出せるという便利な力はヒースには働かない。
「原因の方は今、先輩とレントがさぐって…」
『アルジ』
「あ、はい…」
ライオンっぽい獣に話しかけられるという貴重な体験にビクビクしつつ、俺はヒースを見上げる。
『もういいですか?』
「うん、あ、でも、待って」
ライオンだとか、肉食獣とか怖いけれど、ヒースだから大丈夫だ。
怖くても、後で怒られても、これだけはやっておきたい。と、俺は近くにいるヒースに手を伸ばす。
たてがみがフサフサでふわふわで、指通りもいい。そこから手をさらに伸ばして背中を撫でる。肉球はさすがに噛み付かれるかもと思ってできないけど。
『……』
いい毛ざわりだなぁと余韻に浸る間もなく、その姿がパッと消える。
俺の隣には人の形のヒース。
怒られるかなぁ…と思って、後輩への言葉を無理やり続ける。
「…今、原因の方は探ってるから、すぐとはいいきれないけど、俺たちに任せてくれないか?」
「…先輩がそういうのなら…というよりも、最初からそういうお話でしたし…」
後輩が何か尊敬の眼差しで見てくるのをさけて、怖いながらヒースに振り向くと、ヒースは少しご機嫌な様子で、俺にだけ聞こえるようにポツリとこういった。
「…後でもっとお願いします」
毛皮をモフモフするのは、俺としても嬉しかったんで、満面の笑みで頷いておいたんだけど、モフモフしていたらセッカさんに、体当たりされて、動物園のふれあいコーナーでだって両手を別の動物に使うだなんて贅沢なことしないよ。とおもったことだった。
腕が痛くて幸せなのか、痛いのか、ご奉仕させられてんのかしてもらってんのか、よくわからない俺だった。