誰が離してやるもんか 3


「結局会長は、あのいかがわしい奴とどういう関係なんです!」
生徒会室で体育祭の提案された演目をみていたときのことだ。副会長が耐えられなくなったという様子で俺の机に両手をたたきつけた。
どうやら予想以上に痛かったらしく、少ししたら両手を宙で振りながら俺を睨みつけてくれた。
「どうって、見たままだろうが」
「わからないから聞いてるんですけど」
生徒会室で見せ付けるようにべたべたしてかなりの時間が過ぎている。あのあと、転校生は俺に梓桜との関係をしつこくきき、そのたび梓桜が威嚇といわんばかりに色気を垂れ流し、俺があてられ、他の生徒があてられ、ふらふらふらふら近づくという大変面白くない事態が繰り返されていた。
俺としては威嚇などではなく、俺だけを誘惑していてもらいたいものだ。だが、そうなると俺は大変な下半身事情を抱えねばならない。
望むところといいたいが、学生の本分は果たせなくなる。転校生が来てからというものやたらと、その学生の本分を忘れるため、それでもいいような気がしないでもない。
「……十点満点でいうなら、九点の肉体関係がある恋人」
「不満の一点はなんなのー?」
ちょっとエロいことに耐性のない副会長が不潔だ破廉恥だと罵り声を上げる中、性に関して自由だった会計が疑問の声をあげた。
「俺を満足させないで次を求めさせる、その不満さ」
その不満さも計画性なのだと思う。だから、ある意味満点だ。
会計が口笛を吹いた。
なんだかんだ梓桜が本性をみせてからというもの、生徒会には平和が戻っている。
副会長も会計も、先ほどから黙々と何かをしている書記も、まだ転校生は好きらしいが、前ほど転校生についていない。
それというのも、梓桜が生徒会の仕事が滞るたびに色気をふりまくからだ。
あれに色気を振りまかれると、人間の尊厳などどこかに吹き飛ばされてしまう上に、俺が梓桜に振り回されて使い物にならなくなってしまうのである。
他の連中は俺が完璧な人間だと思っていたことや、俺ならできると思っていたこと、他の人間など必要としていないと思っていたこともあり、俺だけが仕事をするという事態に追い込んでいたらしい。情けないというか、あまりにあまりな光景を目にし、完璧でないこと、出来ないこともあること、他の人間を必要としていないというのも違うと理解したようだ。だからといって自分が必要とされていると限らないとかいう奴にはとりあえず一発殴って連れてきて机にくくりつけておいたので、毎日何かと食ってかかられている。そうそいつは、副会長だ。
そんなわけで、生徒会には平和が戻ってきていた。
俺は毎日副会長に食ってかかられ、会計にはひやかされ、書記には半ば無視されるという、思春期の子供たちをもつ父親の気分ではあるが、平和は平和なのだ。
「マサキつれてきたぞ!」
行動力がありすぎる転校生が生徒会に梓桜を連れてくるまでの、そう、儚い平和である。
「どうしてつれてくるんですか!」
もはや梓桜はトラウマでしかない副会長がヒステリー気味に、今度はやってきたばかりの転校生に食ってかかった。
「だって、マサキが来たいって」
転校生は副会長の様子に少し、気の毒げな顔をする。すっかり、梓桜自身にまいっている副会長を側で見すぎて現実を脳内変換することも出来なかったらしい。
「なんの用だ?」
尋ねると、転校生の腹をかりてしくしくと泣いている副会長を無視して、梓桜が答えてくれた。
「しばらくお前ばかりが働いていたんだから、二、三日休んで俺と遊んでくれてもいいんじゃねぇかと思って」
「……いや、それは」
俺の気持ちのままに動けば、諸手を挙げて賛成し、梓桜にとびつくところである。
しかし、俺には生徒会長としての責任がそれなりにあるわけだ。
ちらりと他の役員を見る。皆、少し困ったような顔をしていた。生徒会の仕事はまだ通常通りには回っていなかった。
「とりあえず、宗正」
「ん?んん?んー……っ?」
そうこうしているうちに、梓桜は俺に近づき、俺の唇を奪う。
思考がぼんやりと気持ちいいと熱いを繰り返す頃になったあたりで、梓桜の唇が離れた。
珍しく満ち足りたキスである。しかしながら、刺激は足りない。
「……いいよナァ?」
それは、俺ではなく俺以外の生徒会役員に向けられた言葉だった。 生徒会役員が一も二もなく頷く中、俺は梓桜と生徒会室を後にする。
今なら、噂で生徒会長が色事にふけって仕事をしないといわれてもいい。事実だし、相手が梓桜なら、リコールくらいなんだ、転校だってしてやるという気分である。
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