常々風紀委員会では、人以外であるとか、野生だとか言われているタスクであったが、宗崎吾雄という男を相手にして、その人を越えた領域を発揮できた覚えがない。
自室の風呂場から聞こえる歌に、何度も携帯を確認し、タスクは思った。
「何故、お前がここにいる……」
風呂場にはもうもうと上がる湯気の中、部屋の主がきても臆することなく宗崎吾雄その人がいたのだ。アオは熱唱していたその歌のリズムに、答えをのせる。
「遊びーにー」
「……もう少し、常識というものを学べ。今、すぐ。帰って。今、すぐ」
アオが歌うのをやめ、振り返り、唇を尖らせた。タスクにはそれが可愛いとは思えなかったし、これから先そう思うこともない憎らしい顔に映る。今日も、宗崎吾雄という超人は腹立たしい顔しかしないという感想まで持った。
「牧瀬つめてぇ。こんなにお湯も滴るいい男がいるんだから、襲っても罰はあたんねぇんだけど」
「今日も一日疲れたなと思って、帰ってきたら、誰もいないはずの部屋に誰かいて、しかもシャワーを浴びている。どう思う?」
「ラッキー、牧瀬じゃねぇか」
「よりにもよって俺かよ。もう少し有り得そうな人選でいけ、有り得そうな人選で」
タスクが頭を抱えようと、アオの知ったところではない。アオは濡れて張り付く前髪を片手で後ろに流し、笑った。
「牧瀬以外?ねぇな。あったとしても、断固拒否させてもらう」
「お前に聞いた俺が悪かった。全面的に謝る。謝るから出て行け」
「牧瀬つめてぇなぁ……もっとこう、色っぽい気分にならねぇの。俺全裸だぞ」
「そんな恥も色気もねぇ仁王立ちで、全裸だからその気になれよとか言われたら、変態が往来でコート広げて見ろよってしてきた気分になるわ」
アオはしばらくシャワーから出てくるお湯に打たれながら、首をかしげ考える。そして、耳にお湯が入るのではないか、とそんな細かいことを考えることで現実逃避を計ろうとしていたタスクにトドメをさした。
「へぇ、で、俺の身体はどうよ」
思わずモノを見てしまうのは男の習性だろう。
タスクは心の底からの苛立ちをあらわすため舌打ちをした。
「……いいものをお持ちで」
「恥じ入るところは何もねぇ……と、いうより、今更な。何からナニまで、お触りしてるし?いや、恥かしいとかそういう話ではなくてだな」
「その気になっていたら、濡れるのも構わず襲ってやるところだが、その気になれる奇特な人間じゃねぇからな」
アオが再び首を傾げる。今度は考えるためではなく、おかしなことがあったといった仕草だ。
「一部にはすばらしいボディで興奮すると」
「俺はその一部に含まれねぇ。覚えておけ。俺は、その、一部、じゃ、ねぇえ」
「力強い言葉どうも。で、今日の予定はどうなってんだ?」
タスクは今日も疲れたなと帰ってきて、風呂でシャワーをざっと浴び、ソファの上でダラダラと好きなことをしたあとは、布団の中に入ってぬくぬくと眠りにつくつもりであった。予定外もいいところで、アオと無意味で疲れる会話をするつもりなど毛頭もなかったのだ。
かくなる上は、何事もなかったかのように布団の中にもぐりこむしかない。
タスクは風呂場の戸をそっと閉めようとした。
全裸の男は力強く、その戸を閉めることを阻む。
「なぁ、牧瀬。俺と遊んでくれねぇの」
全裸だというのに、強すぎる光を放つかのようなアオの堂々とした様は、タスクに更なる疲労を感じさせた。
「お前の遊びは、俺の遊びと基準が違う。遠慮する」
「ケチだなぁ、牧瀬」
「ケチで結構だ。ほら、さっさと風呂から出たら帰れ」
両手を合わせて頬の横に添えた全裸のアオを、タスクはインパクトがありすぎて一生忘れないだろう。
こんなものが青春の一頁となってしまったことに、タスクは眉間によってしまった皺を伸ばすことさえできない。
「今夜も帰らない」
「帰れ。いい顔してんな、マジ帰れ!」
追い出そうとしたタスクを無視して、アオは朝になっても帰らず、次の日、一緒に登校までした。