もしかして


ある日、タスクにアオから電話がかかってきた。
『タスク、今日が何の日か知ってるか?』
一年でいくつかあるイベント事のうち、もっとも周りの人間が面倒な日だ。
タスクはそう認識していた。
日付が変わるや否や騒がしくなった携帯の通知音を切ったのは何時間前のことだったか、タスクは覚えていない。
「じゃあ、お前は何の日か知ってるのか」
タスクにとってこの日は二つ意味がある。一つ一つは騒ぐ口実になっても、ここまでタスクの携帯を騒がせない。しかし、二つが重なれば、面白がって、知り合いという知り合いが携帯どころか、会えば何か言ってくるのだ。
『エイプリルフール』
「それは口に出して意味のあることなのか」
『尋ねてきたから答えたまでだ。俺が何を嘘としたかまでは言ってないだろう』
アオの頭の回転は速い。罪はないが騙されて少し悔しい思いをする嘘をさり気なくつくだろう。しかしそれはタスクを疲れさせるに違いない。
『で、だ。エイプリルフールだからデートしないか』
「残念ながら、今日という日は仕事でもない限り、外に出ないことにしている」
外に出て、知り合いに会えば絡まれることもあるが、ある年から家族が面倒なことを言い出したため、タスクは出来うる限りこの日は家に居ることにしていた。
『俺とデートできないことはタスクにとって残念なことなのか、そうか……』
「一応、世間体としては残念なことにしておかないと駄目かと思ったが、いいんだな、正直な感想を言って」
『いいぞ』
「面倒くさい」
電話越しにヒデェと言って笑い飛ばしたアオが世間一般からすると規格外であると認識した上での発言だ。そうでなれば、タスクとてそんなことを言ったりしない。
『じゃあ、何でもいいからデートしないか』
「理由だけが面倒なんじゃねぇよ、デートも面倒だっつってんだよ」
『冷てぇなぁ……デートの一つや二つくらい、暇なんだからしてくれてもいいだろが』
「お前のいうデートの一つや二つが、年間に何回言われて何回行われていることか解ってんのか」
『十中八、九は希望を押し切って叶えている気がするが、俺は毎日デートしても構わない』
「お前の希望は聞いてねぇわ」
アオは電話越しに笑うばかりだ。
このところ、タスクもアオも忙しくしていたため、こうして電話をすることもなかった。そうは言っても、二月などはネコの日だ、ニーハイの日だ、夫婦の日だと言ってはアオが画像付きメールを送ってきたし、バレンタインもホワイトデーも嫌がらせ込みのプレゼントを贈られていたのだ。タスクにはあまり、会っていないという感覚がない。
しかし、アオには久しぶりな感覚があるのだろう。だからタスクは切り上げずにアオが電話を切りたくなるまで話を続けている。
『せっかく桜も咲いてんだ、なぁ?』
「またお前んち来いとか言うのか」
『花見客いねぇから、家がいいじゃねぇか』
アオの家には、色々な花木がある。桜も、椿も、木蓮も、山茶花も、金木犀も植わっていた。
季節ごとに違う姿を見せる庭がいくつかあり、そのために設えた建物などもあるため、外出せずしてデートが出来る。実際は宗崎の家であるため、恋人となる人間が気軽に行きたいと思える場所ではないということと、アオ自体がデートというイベントごとを怠けないため、タスクでもない限りデート現場として使われたことはない。
『なぁ、十二月から会ってねぇんだけど』
「お前んち行くと、宗崎のご当主に生き生きと『婿をいびるのは舅の甲斐性』とか言われて絡まれて約束させられるんだが」
『タスクが婿なのはいいとして、なんだその甲斐性と約束は』
「可愛げのねぇ嫁を貰った覚えはねぇんだが、一緒に食事、呑み、デザート、さらには土産まで頂く。最後には息子には秘密だと締めくくられる」
『待て、こら待て。それ、俺んち来た日にやってねぇよな?それ、デートだよな?』
タスクにデートのつもりはなかった。しかし、そういわれればそうなのかもしれない。羨ましいだとかあのクソ親父とぼやくアオの声を聞きながら、キラキラと目を輝かせながら息子には秘密だという宗崎家の当主をタスクは思い出す。逆に息子に言って欲しいのだといわんばかりの態度に、今の今まで言わずにおいたタスクは正しかったのかもしれない。
『親父とやるより、俺としろよ。そこに俺もつけるから俺としろよ』
「余分なものが付いてきたな」
『親父か』
「お前だ」
『ホント、ヒデェな。いいけど、なぁ、デート』
タスクはため息をついた。このまま頷くまで、執拗にデートに誘われることは解っている。いつもそれで押し切られてしまうのだ。
「……明日なら時間作る」
『おっし、明日だな。親父外に締め出して準備しとくわ』
父親とタスクのデートは阻止するつもりらしい。アオに対する愛情と二人の仲になにかあると楽しいというだけで行われるデートを阻止してくれることは、タスクにとってもありがたいことだ。
「なら、ケーキだけは用意するな」
『何故?』
「今日、食わされるから」
『は?』
タスクはそこで電話を切った。
理由を話すのが億劫だからである。
「たっちゃーん、やっぱり、蝋燭は年の数だけいるー?あとねー今年もすんごいのつくってみちゃったからー」
階下から漂ってくる甘い匂いと高い声、焦ったように飛んできた通知にタスクは呻く。
誕生日?と一言メッセージをくれたアオに、タスクは返事はしなかった。
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