田舎者の騎士は体現する


 騎士学校に入ったのは、騎士になりたいという希望があったからではない。
 初等教育を終えると、レスターニャでは高等学校に行くか、仕事をすることになる。この高等学校というものは、よほど優秀であるか金持ちであるかのどちらかでなければ入学することの適わないものだ。俺のような猟師の子供が入ることが出来るものではない。
 俺の村では、俺は優秀なほうだった。
 だから、村の人間は俺に期待し、騎士学校に入るように勧めてくれたのだ。
 魔法も使えたが、レスターニャの人間ならば、魔法を使える人間は少なくない。その中で勝ち抜き、魔法の学校に入れるほどの力量や学力は俺にはなかった。
 そして、俺は勧められるまま騎士学校に入ったのだ。
 その結果が、年中押し付けられて馬を世話する、馬屋当番の名を欲しいままにする男だというのだから、ある意味村にいるのと変わりない。
 変わったとすれば、狩りをしないこと、農作業の手伝いをしないこと、家の手伝いではなく、先輩の世話をすること、大陸の北の隅に位置しているレスターニャの更に北端にある村に比べると、レスターニャの南方にある騎士学校は温かいほうだということくらいだ。
 村から一番近い騎士学校、北方騎士団所属となる学校に通えば寒さもそう変わらなかったことだろう。しかし、俺のような庶民は、一番、他国からの侵略がありそうな場所にある南方騎士団か化け物どもに襲われる可能性のある北方騎士団に身を置くことが普通だ。
 騎士学校に入れば、騎士見習いとして騎士団に属する形になる。そのため西方や東方、ましてや王都にある騎士団に属することの出来ない俺は、北方の騎士学校に空きがないといわれれば、南方の騎士学校に入らなければならなかったのだ。
 騎士学校の序列は身分と強さだ。
 二年ほどしかないこの学校では、騎士に確実になれる人間に頭を垂れるほうが賢い。
 身分が高く、武勇を誇る人間の下につくことが一番とされていた。
 そこには派閥があり、身分差が明確にある。
 村からでても俺は、どこかの誰かの派閥の、馬を世話するだけの田舎者でしかない。
 二学年になっても、誰一人後輩をつけることなく、騎士団に残るつもりもなく、そのまま馬の世話をし続け、田舎に帰るつもりであった。
「今日から護衛につく、ロノウェ・ジェリスです」
 片膝を床につき、手を重ね、頭を垂れる。
 それだけで何も見えないほどの緊張感があった。
 騎士になるつもりもなければ、なんの伝手も作らぬまま、職も探さないで田舎に帰るつもりだった俺は、この瞬間から、田舎への土産話を作ることになったのだ。
 レスターニャ魔法国第一王子にして、王を継ぐ、王の魔法使い、ラーグリアス・フェンレーの護衛官に就任したという、非常に華々しい土産話である。
「礼はいい。俺の護衛になったってことは、俺の好きにしていいんだな」
 面を上げると、王子は俺を見て詰まらなさそうな顔をしていた。入学式に見た笑顔とは違い、王子の本音が透けて見えるようだ。
 この護衛の任につくときに、南方騎士団の団長から、王子の護衛がよく変わること、王子が外で見せる顔はあくまで王子としての顔だということを説明されていた。
 それでも、俺のような何の目的もなかった人間にも、王子は眩しく見える。
「そうですね」
 たとえそれが欲目で見えたものであっても、王子の思惑に気付けず頷くくらいの効力があった。
「なら、ヤろうか」
 誰かが息を飲む音が聞こえる。
 俺は冷水を浴びせられたような気分になり、この場に第二王子のフォグス様とその護衛のセルディナがいることを思い出した。
 王子とフォグス様とセルディナと俺くらいしかこの場にはいないが、誰がいてもおかしくない開けた場所で聞くような言葉ではないというのも、それを思い出したがために理解する。
 王子は眩しくもなければ光ってもいない。女が少し怖いといいながら惹かれずにはいられず、男ならば怖いながら男らしいと羨みやっかむ男前さはあった。その顔が口にするのは相応しいかもしれないが、王族だとは思えないような言葉を吐かれた気がする。
 尊敬する王子に言われたから認めたくない気持ちもあったが、きっと気のせいではないのだろう。俺はある程度、騎士団長に王子のことを聞いていた。
 騎士団長は、ちょっとした知り合いだ。そのためか少し俺に甘い。必要に迫られて王子の護衛を任じたというのに、王子の悪い噂を並べ立て、任務の危険性を説明し断ってもいいんだぞと言ってくれたのだ。
 何もなければ俺とて、女遊びも男遊びも激しいだとか、暇を持て余して護衛官で遊んでいるところがあるだとか、強引さが過ぎるところがあるだとか、外面がいいだとか、噂は噂と言い切れない話をいくつもいくつも拳二つ分ほどの芋が蒸かされてしまうほど話されて二つ返事で引き受けるなんて馬鹿はしない。何か噂の元となるものがなければ、そのような噂は出来ないものなのだ。
 しかし、俺には何を言われても二つ返事で任務を受ける理由があった。これから先、これ以上の理由はないという理由だ。
 俺はどのような王子でも、ラーグリアス・フェンレーという王子を護る機会を与えられ、喜びこそすれ、嘆くことなどない。
「それが仕事だというのなら、美味しい思いをしたくらいのものですよ」
 今まで抱いていた眩しさが一言で崩れ、どんなに幻滅をしても、俺はこうして平気な顔でいられる。  厚顔さには自信があるし、その程度で王子が俺にしたことが消えるわけではない。
「今回の護衛はまた一味ちげぇなぁ」
 王子が笑った。
 心底楽しそうで、入学式の舞台上で見せた高貴な血を思わせるそれとは違う粗野なものだ。
 少し、ぶん殴っていいような気がした。
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