王子は騎士に何を求めるか


 王子は噂通りの人だった。
 女遊びはどうなのか確認するほどの日数が経っていないためわからない。しかし少なくとも男遊びはしている。
 南方の騎士学校の寄宿舎、しかも貴族たちが使うような部屋さえ狭いと言えるだろう部屋には二つの寝室があった。一つは主人の寝室、もう一つは従者の寝室だ。王子の護衛官は皆、その従者の寝室に身を置く。
 そして、王子が部屋に誰かを連れ込んだ場合、王子の寝室の前で立って護衛をしなければならなかった。あまりしたいとは思えない仕事であったが、王子の護衛であるのならば、一晩限りの人間から身を護るべくしなければならない仕事である。しかも王子ときたら、部屋に誰かを連れ込むたびに聞かせてくるのだ。
「ロノウェが相手をしてくれねぇから」
 いくら尊敬していたといっても、了承出来ない誘いである。その上、王子はこの誘いを半分以上はからかうために口から出す。もし、この誘いを受けたとしても、一夜だけの過ちくらい平気でするだろう。
 毎日毎日、護衛を始めて数日しか経っていないというのにうんざりするほど誘い文句と一緒に褒められたのだ。
 俺は王子の好みに合致している美味しそうな男で、抱いてもいいし、抱かれてやっても損はないと、そのような褒め言葉だった。
 俺の王子に対する尊敬は、褒め言葉と誘惑を聞くたびにぼろぼろと崩れ、今や高かった理想は踏み固めた雪より平らかだ。理想は所詮理想なのだと、高貴なるお方で見ることもできないような存在とは決別するのも早かった。
 俺の理想が死んだところで、王子がしたことは変わらない。
 だから俺は変わらぬ顔で護衛をしていられた。
 王子はそれが面白いらしい。俺の顔を見ては、これでもダメかと言って笑う。
 その為、護衛官で遊んでいるという噂も間違いないと俺は確信している。
「兄上も退屈なんだよ。許してやって」
 護衛官であるセルディナや、中央騎士団の団長の息子と親しくしていてもおかしくないように入った学級には、王子の弟君であるフォー様もいた。むしろ、フォー様がいたからセルディナがいたといってもいい。
「いえ、無理強いはされない方なので」
「うん。でも良いかなってとこ見極めて大胆に踏み込んでくるでしょ」
 お陰で尊敬はできなくなったとは、フォー様には言いがたいことだった。
「そうですね、遠慮なさりませんね」
「うん! けど、それ、ロノだからだよー。兄上もロノ気に入ってるんだ」
 毎朝、そう、朝から今晩こそいたす気にならないかと挨拶してくる王子と違い、フォー様は大変愛らしい。
 女性が好きそうな甘い容貌で、まさに王子様らしい格好良さを持つ甘え上手なフォー様は、お身内以外の男には嫌われそうなものだ。しかし、フォー様は男女分け隔てなく人が好きらしい。少し馴れ馴れしいと言われそうではあるが、それを補ってあまりある愛嬌があった。
 そんなフォー様のお気に入りとなることは嬉しいものがある。だが、朝どころではなく昼食時にさえ、王族とは思えない品性を疑う言葉を上手く織り交ぜて話してくる王子に気に入られていることは、あまり良いことではない。
「さようですか」
 素っ気なく答えたが、フォー様は王子のように笑った。
「そういうとこが気に入られてるんだよー。ね、セルディ」
「そうですね。ロノウェにはいい迷惑かもしれませんが」
「セルディも、そのばっさりした性格のせいで気に入られてるもんね」
 セルディナは俺と違い、はっきりと嫌そうな顔をした。
 セルディナはフォー様の母君が嫁いでくるときに付いてきた従者の息子で、フォー様が生まる前から一緒であるという。フォー様は兄である王子と仲がいい。だからフォー様付きの従者でもあるセルディナは、王子とも長い付き合いがあるのだろう。
「では、ラグ様に媚びへつらえば嫌われますか」
「ダメダメ、兄上の友人がまた少なくなっちゃう。せっかく増えかけてるんだから、減らさないでよ」
 その増えかけているのは俺なのだろうか。
 王子とはなんの関係も築くつもりはない。理想が粉々にされる前も、粉々にされた後も、王子に近くなることは避けたいと思っていた。存外、気に入られてしまい、少し冷や冷やしている。だが、王子自体が絶妙な距離感を保っているため、何かする必要はなかった。
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