実際、王子の口数が減ることはないので、油断できない。
「今日の予定は、午前はなしで、午後は赤の実技だ」
 王子は朝食をとっている間に、大体一日の予定を教えてくれる。それは軽い交流と情報の伝達で、ありがたい行為だ。
 王子が油断ならないのは、この予定の伝達から始まる会話である。
「解りました。俺がいない間はいつも通り、ユキシロが控えます」
「いつもこのくらいは、そのユキシロの姿が見えないが」
 ユキシロは俺の相棒であるが、一日中一緒にいるわけではない。ユキシロは俺より社交的なので用事がない限り他の動物と交遊していたり、お気に入りの場所で寝ていたりする。
「朝は狩りや二度寝を楽しんでいるようです」
「狩りの成果は?」
「上々みたいです。たまにおすそ分けされます」
 王子の食卓は静かだ。食卓だけでなく、王子自体が静かだと言ってもいい。話はするが声を荒げるようなことはしないし、大きな音を立てるような所作はあまりしないのだ。そこが王子の王族らしいところである。
「ユキシロは狩りがうまいのか」
「ええ、村の中でも狩り上手でした」
 金物と陶器の僅かな音が一定の速度を刻む。王子は食事の手を止めることがない。当たり障りのない会話をしている証拠だ。
「お前はどうなんだ?」
「俺ですか」
「お前の村では、ウルファと狩りをするんだろう?」
 王子の言うとおり、俺の故郷ではウルファと狩りをする。ウルファの仕事は、大抵獲物を探し、逃がさないように見張ることや、相棒の猟師に何かあったときの伝令役だ。
 しかし、俺は弓どころか遠距離攻撃魔法も得意ではない。だから、ユキシロに手伝ってもらい獲物を追い込んで貰っていた。それゆえ、罠を作ること、仕掛けること、周りの状況を察知することは弓や魔法よりも得意だ。
 それでもあの小さく雪に埋もれそうな村では狩り上手とはいない。
「得意ではありませんでした」
 俺が狩り上手ではないばかりに、ユキシロには手のかかる相棒だと思われている。おすそ分けをくれるのも、飯も一人で調達できない困った相棒だという見解なのだ。
「ああ、それで、おすそ分けされるのか」
 王子もそれに思い当たったらしい。本当に何でもよく知っている。お陰で朝から少々情けない姿を見られた気分だ。
「……そうです」
 実はユキシロだけでなく父母にも嫁が貰えないのではと心配され、騎士学校に行くことになったとき、嫁を探して来いと言われていた。それを王子に知られてしまってはからかいの道具にしかならない。だから王子に知られたくなかった。
「ユキシロは、兄貴分なわけか」
「……いえ、たぶん、困った兄貴分だという感覚だと思いますよ」
 たまに弟分も可愛がってくれといわんばかりに甘えてくるので、俺の考えは間違っていないだろう。ユキシロの気持ちを推し量りながら、父母の心配に話が向かなくてよかったと俺は安堵する。
「うちと一緒じゃねぇか」
 王子が手を止め、声を上げて笑った。
 王子には、弟君が二人、妹君が一人いらっしゃる。その三人ともがユキシロと同じように、王子のことを困った兄だと思っているのだろうか。
 手を止めたまま笑い続けていた王子が、そのまま手を休め、続けた。
「フォーもレヴィもシアも、俺のことはどうしようもない兄だと思ってやがる」
 フォー様は普段の態度の端々にそういったところが見えるし、王子がこの性格だ。納得できるものがある。
 王子は外面がいいので、もし理想を粉々にされていなければその言葉を信じることが出来なかっただろう。
「こんなに男前で魔法上手で物知りな兄を誇ってもいいところだろう? 俺が可哀想だと思わないか?」
 自画自賛だ。けれども、王子は本当に男前で魔法上手で物知りである。ただ、性格がそれを補って余りあるほど難があるだけだ。
「思いませんから、うっかりほだされて慰めたりしませんよ」
 釘を刺すと、再び舌を打ち付ける鋭い音が響く。
 その二度目の舌打ちのあと、王子は食事を再開した。
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