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 ユキシロが帰ってくるまで王子の色気がない誘いを断るという朝のひと時は続く。毎朝続けられているが、未だに王子との朝の応酬は疲れるものだ。
 ユキシロに王子の護衛を頼んだ後、俺はセルディナとフォー様が選択している授業に顔を出し、項垂れた。
「今日もお疲れ、ロノウェ」
 魔法演習場の片隅で声をかけられ顔を上げる。そこには顔合わせに来られなかったリッドがいた。
「いや、代表ほどじゃない」
 学園では授業の選択が違えば、同じ学級といえど顔を合わすことがほとんどない生徒もいる。それでも学級という一つの集まりには、意見をまとめたり、情報の伝達をする人間がいた。それが、学級代表といわれる生徒だ。セルディナやウルが顔合わせをした時に顔を見せることが出来なかったリッド・アルフェイドは、その学級代表である。
 学級代表、通称代表といわれる生徒は、生徒議会の会議に参加できる資格を持っているが、やっていることは生徒議会の下っ端のようなものだ。生徒議会以上に雑用が多い。学級担当教師からの情報を伝達するために動いていることも多いため、担当教師に使われている姿もよく見られた。
「そうかな。僕はあの方々といるほうが気疲れするよ……」
 代表が議会の下っ端のようなものであっても、王子たちと接する機会は俺やセルディナ、ウルよりも少ない。それ故、王子たちに慣れていないのだろう。俺よりも田舎が似合いそうな、少し気の弱いリッドには、学園で噂をされるような存在との触れあいは少々気の重いことのようだ。
 王子たちとの過去の触れあいを思い出したのか、リッドは沈鬱そうな顔をした。アルフェイド家特有の赤毛も、表情のせいか暗く見えるのだから相当である。
「そうだな、リッドは王子たちが得意そうにないな」
 王子たちはリッドをからかって愛でそうなものだ。それもあって慣れるまでリッドは苦労するだろう。眉を下げて右往左往する姿が想像できる。
「わかっちゃうかな、やっぱり」
 力なく笑っていても誤魔化すこともできていない。
 リッドは俺の近くに座ると、演習場の中心部を見た。
「隠すつもりもないだろ」
「そうだね。居直っちゃってるんだ、そこのところ」
 俺もつられたように演習場の中心部を見る。そこには両手に剣を持って走り回っているフォー様と、それから逃げつつ短刀を投げているセルディナがいた。
 今、行われている授業は赤魔法の実技だ。それにも関わらず、フォー様とセルディナの組み手になってしまっている。
 彼らは実に派手だ。他の授業を受けている生徒たちの目も釘付けである。
 その派手さがリッドを陰欝にさせるのだろう。しかし、居直るほどのことではない。
「弄って遊ばれた後だな……?」
 一つの可能性を言葉にすると、深いため息がその場に落ちた。
「僕は、そういう星の元に生まれてるんだって思うことにしてるから」
「大変そうな星だな」
「これはこれで結構楽しいと思うけどね、ちょっと、たまに旅に出たくなるよ」
 リッドが諦観の笑みを浮かべている様子が、振り向かずともわかる。俺も時折、王子たちに向けたくなる笑みだ。
「けど、僕は王子に一夜の過ちとか求められたりしないから」
 リッドが一夜の過ちを起こしたくない容姿というわけではない。リッドは痛んで艶のない赤毛に琥珀色の目で、元気で明るい印象を持たせる濃い目の色味だが、幸が薄そうな顔をしている。薄く笑めば幸せなど儚く消えてなくなりそうだ。その上、中央騎士団長譲りの整った顔がさらに、薄幸さを際立てる。
 しかし、美形であることには変わりなく、そういう手合いもいることだろう。
「お願いしたら抱いてくれるとは思うが」
「お願いしないからね」
 王子が寝室に連れ込むのは、大抵、王子にお願いをした側の人間だ。
 王子の鋭い目つきに嫌な笑みを浮かべる口、銀の髪は光の下で輝くが、粗野な表情を乗せると途端に軽薄にも見える。威風堂々と胸を張って歩く姿は、その表情のせいもあって傲慢にも見えた。そんな王子と一夜を共にしたいという人間は、王子に従いたい人間か、王子を従えたい人間のどちらかに分かれている。