夜の様子を見る限り、王子に従いたい人間のほうが多いようだ。
こうして夜の護りについている間に、王子の夜について余計な知識が増えたことも、疲れる原因になっていた。耳がいいのも災いして、下世話なことになってしまい、王子の趣味趣向を知ってしまっている。
「ロノウェは王子好みの見るからに強そうな男だから、お願いしなくても、だよね?」
確かに俺は王子の好みなのかもしれない。訪れる生徒と王子の様子を目で見て、耳で聞き、理解してしまった。
そうして王子の好むところである俺を、王子はところ構わず、品のない口説き文句でからかう。おかげで王子を崇めている生徒には睨まれ、遠巻きにされ、王子のいない場所では陰口もよく聞こえる。
国の片隅にある村の猟師の子供ロノウェから、近衛騎士団所属、第一王子護衛官のロノウェ・ジェリスに変わっても、生まれは変わらない。庶民出身であることは隠していないこともあり、学園生徒に知れ渡っていた。庶民出身の近衛騎士団所属の護衛官ということばかりが目立ち、反感を買っている。反発するばかりで、俺が王子の護衛であることに意味を見出さないから、呪いのことを隠すのはちょうどよかった。
その一方、王子は俺が庶民であろうと関係ないらしい。俺には暇つぶしの道具以上の興味がないのもあり、俺の階級がなんであるかは問うたことがなかった。王子は道具の使用法さえ解っていればいいのだろう。どこで作られたか、どのような目的で作られたか、どうやってここまで運ばれたか、どこにあったかなどということは関心の外だ。
「俺はお願いしてでも、からかってくるのをやめてもらいたい」
「それは僕もお願いしたいところだよ」
リッドと顔を見合わせ、二人して諦めから笑みを浮かべた。
王子は本当に退屈なのだ。いくら、暇つぶし以外の用途を見つけられない二人で土下座をして懇願してもやめてくれないだろう。
「やめてくれれば、身体を売って身分を買ったような陰口も少なくなるだろうが」
「……そんなこと言われてるの?」
「今も、聞こえてないか?」
見合わせた顔をそのままに、リッドは何度も首を横に振った。
「聞こえないよ! 本当に言われてる?」
俺の耳は他人よりよく聞こえる。ウルの話によれば、俺の思う以上に聞こえているらしい。故郷は静かであったし、男は無口が多く、女は話しているより歌っている方が多かった。街にきてからは、街中は煩いものだという認識になっていたため、他と大きく違うとは思っていなかったのだ。
「言われている。ラーグリアス様の新しい護衛官は庶民で、身体を使って取り入ってラーグリアス様の護衛官になったらしいよ。フォー様にもべたべたして、汚らわしい。だそうだ」
一語一句漏らさずリッドに陰口を伝える。ここまでしっかり聞こえてしまうと、もはや陰口ではない。
リッドはなんと言うべきか迷ったようだ。口を開け、何も言わないまま閉じた。そのあと、辺りを見渡し、ある場所を睨みつける。
「僕は聞こえないけれど、聞こえたら、いい気分はしないだろ」
「そうだな。取り入るにしても王子たちとどうこうした時点で、王子の興味は他に移るだろうに」
王子やフォー様に身体を使い、取り入ることは現実的ではない。王子は一夜過ごせば、その人間からそれまで以上に距離をとるだろう。フォー様に取り入った場合は、王子の逆鱗に触れることもあり得る。
「もしかして、あまり気にしてない?」
だが、噂話をする側は噂話をされる側の事情や思いを、あまり知ることがない。遠い場所のことなら尚更だ。だから、王子たちがどう思うかについても、噂通りか、それ以上に酷い推測にしかならない。故に、俺は何も感じないし、問題もなかった。問題があるとすれば、そのひどくなった噂により過剰な関心や悪意が向けられることだ。
「今は問題ないからな。言いたいやつは言っておけばいい。何かしら行動に移されると面倒だが、俺の仕事に差し障らなければいい」
彼らは遠くで俺にしか聞こえない陰口を叩くだけで、実害はない。このまま王子の暇つぶしがひどくなるようならば、本当に何かしらの行動には出るかもしれないが、王子のこれ以上はないだろう。
「仕事……そうか。ロノウェがここにいるのは仕事なんだよね」
俺は頷いた。俺は協力してくれる友人知人と違い、ここには学びに来たわけではないのだ。
前を見ると、漸く追いかけっこを終わらせたフォー様と目が合った。俺は手を振るフォー様に頭を下げ、立ち上がる。
「卒業してすぐこちらに来たから、学生気分は抜けないが」
「でも騎士学校とこことじゃ随分違うんじゃない?」
フォー様がこちらに駆け出し、それに疲れた様子で歩いてついてくるセルディナを待つ。
他の生徒に睨まれながら、少しだけ考える。
田舎から騎士学校へ、騎士学校から学園へ来た。名前も少し長くなり、成り上がりの貴族のようなものにもなっている。
しかし、俺がしていることは何一つ変わっていない。
「馬が王子になっただけだ」
「え?」
声に出してしまい、首を振る。王子より馬のほうがよっぽど素直で可愛い。なんとも馬に失礼なことを言ってしまったものだ。