「ロノが代表と浮気してる!」
 フォー様は近づいて来るなり、二、三問いただしたい言葉を発した。ついて来たセルディナに、まるで新しい発見をしたかのように同じ言葉を繰り返す様子は、無邪気である。
「浮気ですか。ならば、本命は誰ですか?」
「もう、ロノったら、隠さなくても。兄上だよね?」
 俺は言葉を理解し損ねたのかと思い、頭を振り、もう一度フォー様の言ったことを考えた。何度脳内で繰り返しても、その言葉の意味は変わらない。
 なんとか柔らかい答えを用意しようとしたが、俺の口から本音が滑っていった。
「そのような残念な趣味は持ち合わせておりません」
 俺が真面目な顔をしたものだから、フォー様は右手を大げさに振って笑う。
「またまたぁ。セルディはどう思う?」
 セルディナは難しい顔をして、緩く首を振る。
「俺もラグ様が本命というのは残念なようにしか思えませんが」
「兄上だと残念なのは否定してないって。好きかどうかだよ」
 毎日からかわれている俺が憎まれ口を叩くのは不敬であるが、納得できることだ。しかし、王子と仲のいいフォー様にまでそう言われてしまうあたりが王子らしい。
「確かに嫌いではないと思いますよ」
「本人以外の評価で嫌いではないってちょっと微妙だよー、好きって言ってあげてよー」
 セルディナは目を細めて、皿から飛び出してしまった料理の一部を見るような顔をした。王子が好きだということについて残念に思っているのか、フォー様の発言について残念に思っているのか判断しづらい表情だ。フォー様は後者だと思ったようである。少しだけ唇を突き出した。
「好きなの駄目かな、ロノ」
「駄目ではないです」
 セルディナと同じような答えになってしまったことに、少しだけ笑う。王子に好かれすぎることは、今回の任務を思うと良くない事だ。しかし俺が一方的に王子を慕うのは、まずいことではない。王子は他人が好意を寄せているからといって、大きく感情の振れ幅を変える人ではないからである。もし、王子自身が他人に好意を寄せられる前に、その他人に思うところがあるのならまずいことであっただろう。それも、今の王子を見る限り大丈夫だ。
「呆れたり、張り倒したりしたくなりますが、嫌いにはなれませんから」
 俺はフォー様がからかうような好きは持ち合わせていない。けれど、王子が俺にとって特別であるのは確かだ。
「嫌いではないより、罪深そうな言葉が出てきたなぁ」
 俺の答えも不満らしい。フォー様は腕組みをして首を捻った。その様子に、俺はどう言ったものか悩み、左手でユキシロを探す。すぐにそれに気がつき左手を握る。これでは、当分、ユキシロに困った兄貴分だと思われたままだろう。
「フォー様、きっと大丈夫ですよ。ラーグリアス様がなんとかしますよ」
 俺へ助け舟を出してくれたのか、今まで黙っていたリッドがいつもの弱々しい笑顔で控えめに進言してくれた。セルディナも俺を助ける立場にあるが、リッドの言葉に同意しかねるらしい。フォー様と同じように不満そうな顔をした。
 言われたフォー様は首を捻るばかりだ。
「他人が言ったところで、当人同士の問題ですから。それより、フォー様。実力が見たいとか言ってませんでしたか?」
「あ、そうだった」
 これ以上の難題を出される前に、セルディナも助け舟を出してくれた。俺は心の中で、ほっと一息吐くと、セルディナの話にのる。
「実力、ですか?」
「うん、そう。年が近い護衛って珍しいからさぁ……ロノの実力が知りたいなって」
 俺と目が合ったのは、その話をしていたときらしかった。俺の話を出したので、俺の方を見たのだろう。
 実力は、今までの護衛官がどうだったか詳しくは聞いていないから合格かどうか解らない。しかし騎士とは呼べないと騎士学校で言われ続けていた。教えに来ていた騎士団員たちは俺の戦闘方法について何も言わなかったが、騎士になるのならば扱えたほうがいい武器について懇々と説明されたことがある。内心、槍や剣を使って戦って欲しかったのかもしれない。
「だから、俺と戦わない?」
「それはご遠慮します」
「なんでぇ? ロノは気にしてないでしょ、陰口とか」
 俺に対する陰口を知っていて配慮をしないあたり、フォー様もなかなかいい性格だ。
「陰口はあまり気にしていませんが、王族の方と対峙するようなことはしたくないんですよ」
「魔法がかかってるから?」
 フォー様は王子よりも魔法感知に長けている。これはセルディナからも、上司からも聞いていた。だから、ある意味王子よりもフォー様との接触に気をつけなければならない。だが、王子よりもフォー様との距離は近かった。だから、今もこうして指摘されてしまっている。
 それでも、フォー様は俺にかかっている魔法が呪いだということに気がつかない。それは、フォー様にも王子にも、俺に魔法がかかっているということを誤魔化し通すことができないと判断されたが故に、魔法を多重にかけたからだ。しばらくの間、直接触っていれば呪いだとばれてしまうが、そうでなければ解らない。王の魔法使いの一人に依頼してかけてもらった魔法だ。
「魔法はかかってますが、これは俺の魔法を補強するものですから。フォー様と戦わないのは、何かあったら怖いからです。俺が負けて何かあっても命の危機ですし、もしフォー様に何かあっても俺は命の危機です」
 また不満そうな顔をされてしまったが、いいわけとしてはなかなかいいものだったと思う。その何かのために、呪い避けや毒見、護衛官がいるのだ。王族は、その何かは起こらないと言えない立場にある。
「じゃあ、セルディとか」
「俺が嫌ですよ。ロノウェは近距離系です。俺が負けるから嫌です」
 どうしても俺の実力が見たいらしいフォー様は、セルディナに拒否されても、諦めきれずにリッドを見た。リッドは視線を泳がせたが、すぐに、いつもの気の弱そうな笑顔を見せた。
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