「……よければ、僕が」
「代表なら大丈夫だよね!」
 何が大丈夫なのか、リッドの顔色を窺ってから言ってもらいたいものだ。
 しかし、リッドは常に幸せの逃げそうな顔をしており、健康そのものであっても血色がよく見えない。そういう顔の持ち主だ。顔色を窺ったところで、いつも通りと判断されてしまうかもしれない。
「そうですね、代表なら……」
 駄目だと言っても、おそらく他の生徒を探してくるだけだ。それならば、味方をしてくれているリッドと戦ったほうがいいだろう。
 俺が頷くと、フォー様は嬉しそうに手を叩いて演習場の中央に行き、場所を空けてくれるように生徒に頼み始めた。
「すごく、目立つね……」
「これでロノウェの陰口は増える」
 途方に暮れるリッドを慰めもしないで、セルディナが笑う。主人よりもいい性格だろう従者に、俺は肩を下す。
 そのすぐ後、小さな何かが折れる音が耳に入った。その音がした方向から強い視線を感じ、そちらをちらりと確認する。
「セルディナ」
「何?」
 セルディナもリッドも音はともかく、視線は痛いほど感じているだろう。そちらに視線を向けることはなかったが、緩んでいた空気に緊張感のようなものが混じった。
「フォー様が避けている信奉者は?」
「外交官の息子で、イドルク・エンツィーオ……高官の息子だ、手を出しにくい」
 高官の息子でなければ、とっくに何らかの処置をとっていたのだろう。処置を取れないせいでセルディナは呪いの反応があったことにして消したいといっていたのだ。
「あれは、嫉妬か?」
「嫉妬にしては……フォー様の傍にいる人間にはだいたいああだけど……今回のはちょっと強すぎるかな。フォー様のことがなくても、わりと特別なことが好きな子だから、フォー様のこの対応が気に入ってないのかも」
 どうやらイドルク・エンツィーオは、フォー様関連でなくても有名な生徒らしい。リッドもイドルクのことを教えてくれる。
「悪いこと、起きないといいね」
 同意して頷いてはみたものの、リッドの幸せとは程遠い笑みで告げられると、悪いことが起きそうな気がしてならない。
「三人とも、そんなところで話してないで早くこっち来なよー」
 演習場の中央を開けて貰い、教師にも話しかけていたフォー様に手招きをされ、俺たち三人は演習場の中央へと向かった。
 実はこの演習場にはちょっとした仕掛けがある。発動した魔法の威力が下がるというものだ。魔法自体を失敗してしまったり、操作が上手くいかなかった生徒たちが怪我をしないように配慮されているのである。
 こうして魔法においては考えられている演習場であるのだが、物理攻撃はその限りではない。もとより、武器で戦うための場ではないのだ。物理攻撃が対処されていないのは当たり前と言えるだろう。
「担当の先生には、今回の授業で発動させたかった魔法を実践的に使うことで許可を貰ったから、魔法使ってね。あとは寸止め、または峰打ちでお願いするね」
 広いとは言い難い演習場の中央、俺とリッドはフォー様の話を聞きながら向き合っていた。
「魔法は得意ではないんですが……」
 呟いてしまってから、自信のなさが出た言葉が零れてしまったことに気がつく。
「ロノ、そういうのはこの学園にいるならおかしいし、兄上の護衛官としてはまずいよぉ」
 確かにフォー様の言う通りだ。この学園にいる事自体がおかしなことなので、魔法の実力は置いておいても王子の護衛が自信のない発言をしてはならない。王子を護るに足りないという印象を与えるし、王子の器も問われてしまうからだ。
「失言でした。今後気をつけます」
 気を引き締めるように俺は剣鉈を右手に持ち、構える。
 フォー様はさほど俺の発言を気にしていないようで、一つ頷いただけだ。そのあとフォー様は俺とリッドの間にいるセルディナに合図を送った。
 セルディナは審判をフォー様に押し付けられ、渋々、俺とリッドの間に手を下ろす。
「両者、準備はいいか?」
 向かい合っているリッドは相変わらずの困ったようにも見える笑顔で緩く握った右手と左手を付け、何事か呟くと両手を外側へと引いた。すると右手に柄、引いていった左手から鋼色の金属が現れる。それは柄よりも穂先が長い、剣のようにも見える槍だ。
「大丈夫だよ」
「俺もいい」
 俺とリッドが答えると、セルディナはやる気のない声で試合の開始を告げた。
「では、始め」
 セルディナは手を上げると同時に後退する。
 それより少し時をずらし、リッドが槍の穂先をこちらへ向け、右手を後方へ引いた。
「我が身を守るは炎、荒々しくも猛々しく、時に踊り狂う嵐となる」
 先に課題を済ませてしまうつもりなのだろう。自らが使える属性の上級魔法を発動させるのが、今回の授業の課題だ。
 リッドが発動させようとしている魔法は、詠唱されている呪文から、テンペスタテン・フランマルマである事が解る。複数の炎の竜巻が襲いかかってくるという、まさに炎の嵐のような魔法だ。
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