王子は騎士の違和感に蓋をする


 フォー様の上から下まで完璧に装った姿と、王子の簡素でありながら要所要所にこなれた装飾を持ってきた格好、セルディナが持つ菓子店の紙袋を見ながら、俺はユキシロを撫でる。
 何故、こんなことになったのか思い返す。
 少し前だ。俺はリッドと戦い、魔法を使った。それをフォー様が王子との食事の席で少しばかり大げさに話したらしい。王子は毎日毎日下世話なことを言っても王の魔法使いだ。俺の魔法が手で印を組むことで行使するものだと知っていた。それは誰でも出来るが呪文より使う者が少ない。それ故、実際にその魔法を見たいと言い出したのだ。
 俺も攻撃魔法しか使えないというわけではない。王子に魔法を使って見せるのに否やはなかった。すぐさまその場で使おうとした俺に、王子はその手で静止をかけて言ったのだ。
「せっかくだ、お前の実力を見るのも悪くない」
 俺に隠された実力などはひとつもない。ただ、王子に見せる機会がないのだ。そんな機会はないほうがいい。しかし、王子は断ろうとした俺を黙らせ、続けた。
「今度の休日、じっくり、騎士団でも巻き込んで見せてもらう」
 決定事項だと言うように告げた王子をぶん殴りたくなっても、俺は『はい』というしかない。
 こうして、王子の休日に俺の実力を見て楽しむという用事ができた。
 そして休日を迎えてみれば、お洒落をしたフォー様と紙袋を持つセルディナもいたのだ。
「……何故」
 ポツリと呟いてしまった言葉を拾い、フォー様が指を二本立て、得意げに胸を張った。
「面白そうだから!」
 俺にとってはまったく面白くない。セルディナに目を向けると、早速紙袋をあけて焼き菓子を取り出し、フォー様の影に向かってそれを投げ込んだ。影は有り得ない形に歪み、焼き菓子を黒い手のようなもので受け取り、どこへともなく消し去った。フォー様の影に住んでいるカゲナシの仕業である。
「セルディナは召喚獣にお菓子を買うことで懐柔しておいたから、好きなように暴れて」
「懐柔されました」
 フォー様と同じように二本指を立てた男が憎らしい限りだ。
 それよりも、俺は否定しなければならないことがあり、首を横に振る。
「暴れませんから……」
「えー、兄上に聞く限り、騎士団に挑戦状叩き付けに行くって話だったよ?」
 王子がフォー様にどう説明したのかを聞く代わりに王子に視線を向けた。王子は、いつもとは違う街中でもいつもと変わらないようだ。
「なんだ、二人っきりで遊びたかったのか。そうか、ならば夜、寝室にこっそり……な?」
「やだやだ、ロノったら、不潔ぅ」
 二人きりのときに騎士団行きを決めたのは王子である。都会は理不尽なことで溢れているものだと、俺は村が急に恋しくなりユキシロをまた撫でた。久しぶりに学園の敷地外にでたユキシロは機嫌がいいようで、俺が手を動かすたび、その身を俺の足に擦り付ける。
「そうですか。それでは反省して、大人しく騎士団に挑戦状でもなんでも叩きつけますから、何故か街で買い物を始めた理由について教えてくれませんか」
「俺が暇だからだ」
 間髪いれずに答えが返ってきた。
 俺が聞きたかったことは、騎士団に行くといった王子がフォー様とセルディナを連れていたことと、買い物を始めたことだ。
 休日までに諸々の手続きを済ませ、学園から外出許可をもぎ取ると、近衛騎士団の訓練場へ遊びに行く旨を書いた手紙を人に持って行かせたことまでは知っている。
 いざ休日になると、王子は朝の言葉遊びもそこそこに俺たちを連れて、学園の敷地内から出た。学園から近衛騎士団の訓練場へ向かうには、街中を歩かなければならない。学園は国一の図書館の一部であり、それが王都のほぼ中心部にあるのだ。訓練場が図書館から離れているのならば、当然街を歩くことになる。
 だから、訓練場に向かうついでに買い物をするというのもわからない話ではない。
 しかし、フォー様とセルディナ、俺を連れた王子は、訓練場がない方に足を向けたのだ。
「騎士団から、訓練場を使うなら昼過ぎがいいと希望があったんでな。時間潰しだ」
 ならば、その昼過ぎに着くように学園を出ればいい話である。それをせずに買い物を楽しむために朝から王子は街へ出た。
 いくら、俺が王子に朝から晩までからかわれ拒否の言葉を並べても、俺は王子に何かを強く言える立場ではない。王子を護るために街中などと危険な場所に出るなと反対することは出来ても、王子の最終決定には従わなければならないのだ。
 どうして、何故と疑問をぶつけてもどうしようもないことだった。
「楽しくないか?」
 そういって、露店に並ぶ商品を見ている王子は普段と変わらない。楽しそうに見えるのはフォー様とセルディナだ。懐柔用の菓子もそうだが、露店に並ぶ品々もフォー様は目を輝かせて見ている。それを見てセルディナもうっすらと笑みすら浮かべていた。
 俺の疑問に答えたあと、二人は先を歩き店を覗いては、楽しげな声を上げる。
 俺に問いかけた王子は二人の楽しむ姿を見ることを優先しているようで、付かず離れず、二人が行きたいように歩を進めているように見えた。
 フォー様も、フォー様を護衛するセルディナも、あまり自由に街を歩くことができない。どの用事がついでなのかは王子の胸の内だが、王子はこの二人を外に連れ出したいという気持ちが少なからずあったのだろう。王子は自らのわがままを通したように見せ、二人に理由を与えたようだ。
 そうして二人に理由を与えた王子も本来ならば自由な外出が出来ない立場であるが、祭りの日にその姿を人ごみの中見かけるほどだ。今までも好きなように外に出ているに違いない。王子に二人のような楽しさは見つからなかった。
「もの珍しくはありますね。王都をじっくり歩くのは祭りの日以来です」
「大祭か」
 呪いのことは王子に秘密にしたいことだ。だから、俺が大祭に行った話は言わない方が良かったのかもしれない。口から滑り落ちた言葉の迂闊さに舌を打ちたくなった。
 しかし、王都で行われる大祭は、どんな辺境に居ても一度は行きたいと思う華やかで楽しそうなものだ。よくよく考えれば俺がそれを見物しに来たと言ってもなんらおかしなことはない。
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