王子が何者かに襲撃されてからというもの、俺はいくつかのことがらで困惑していた。
「また頭を抱えているのか、魔法使い」
まず一つ、あの日から王子は俺を魔法使いといってからかう。俺は頭に手を置いたままため息を殺す。
「……王子が魔法使いというたび、頭痛がひどくなるようです」
それでも俺は今朝も王子にいつも通りからかわれながら、王子たちの後ろを歩く。
こうしてフォー様やセルディナを含めて歩くときは大抵フォー様から誘いがあるときだ。今朝もフォー様から食事時に全員午前中に授業があるのだから一緒に登校しようと提案され、一緒に校舎に向かうことになった。
そのため、今日はフォー様とセルディナも一緒である。それでも王子は変わらず俺をからかう。むしろ、二人の反応も見るため、いつもより切り込みがするどい。
教室に向かう途中の渡り廊下に差しかかった頃には、王子のからかいの成果か他の要因か、俺は頭痛のようなものに襲われた。この頭痛というのが二つ目の困惑である。
この頭痛は最近、それこそ王子が何者かに襲撃されて以来ずっと俺を悩ませていた。原因としてはからかいの種類が増えたこと、その他の要因があげられる。この他の要因といって最初に浮かぶのは天気だ。だが、天気は最近晴れが続いており、いつもより少し暖かいくらいである。それでも、ここのところ俺はずっと頭の後ろあたりに違和感や痛みがあり、ひどい時にはこめかみあたりも痛みがあった。
そのせいか俺は襲撃されたことに関連付けていいのか、からかいの種が増えたことに関連付けていいのかわからない。王子に魔法使いといってからかわれ始めたのが襲撃されてからだということもある。同時期に起こってしまったがゆえに精神的なものではないのかという疑いを拭いきれずにいるのだ。
「それ、大変じゃん。大丈夫? 兄上の魔法の後遺症?」
俺が頭痛を訴えてもニヤニヤと笑ってからかうばかりの王子と違い、フォー様は同情と心配を顔に浮かべた。先日の魔法の被害者であるフォー様は、王子にこうして絡まれる俺に同情的だ。同じ目にあったと思っていること、王子が魔法を使った時にあったことに少し不安も感じているらしい。軽くいいながらも、フォー様は眉を下げる。
あの時、王子の魔法により吐き気と戦ってうつむいていたフォー様とセルディナは、王子と俺が落下した姿を見ていない。当然、落下させた犯人のことも知るよしがなかった。王子も俺も、そのことを二人に尋ねたし、二人に何かなかったか確認をとっている。二人とも何もなかったようだ。フォー様は王子の魔法を疑いながらも王子と俺をいたく心配し、セルディナは少し険しい顔をした。
それ以来フォー様は魔法のこともあり俺に同情的で、また落下したことが他人に要因があるということもあり、少しの変化を不安がる。
「後遺症が残るようなことはしていないんだが」
「魔法自体に何らかの作用がなくとも、二度と兄上に任せようとか思わないくらいには、俺には衝撃があったけど」
「雑技団気分が味わえただろう?」
その不安や心配とは別に、軽口をたたく王子にフォー様の声が変わる。不満をそのまま顔にのせただろうフォー様が俺にもすぐわかった。俺の隣を歩いているセルディナもものいいたげで不満な顔をしたからだ。俺も先に飛ばされたフォー様とセルディナが、けして雑技団気分を味わいたかったわけでもなければ、そんな気分になったわけでもないことはよくわかる。
「兄上の新魔法は二度と信用しないとは思ったよ」
セルディナよりも安全そうだったフォー様がそう言うのだ。セルディナはもっと酷かったに違いない。それは俺の隣で何度も頷こうというものである。
「いや、ロノウェは違う意見があるんじゃないか」
王子が後ろから見てもわざとらしく肩を下し、ちらりとこちらを見た。どうやら俺に同意してもらいたいらしい。
確かに王子の言うとおり、俺は少し違う意見を持っていた。それは、王子がしっかり魔法を操作したからであって、フォー様やセルディナのように魔法を使われれば文句の一つや二つどころか、できるならば殴って黙らせたい気分になっただろう。だから、王子に同意することはできない。
「もう少し素直な愛情表現をしたほうがいいんじゃないですか」
首を振った俺に、王子が似合いもしないのに唇を尖らせる。
「抱き合った仲だというのに、冷たいな、魔法使いは」
本当に頭痛が酷くなった気がして、俺は頭を抱えたくなった。
「抱き合ったって、やぁらしー。寝台の上でもすごいんですとかそういうの?」
王子の言うことに間違いはないが、語弊は生む。先ほどまで王子の魔法に文句を言っていたフォー様が生き生きとした声で王子を調子に乗せることを言った。俺はフォー様にすごいところなど一度も見せたことがない上に、この学園に来てからというもの誰かと寝台を共にしたこともない。王子やフォー様からすれば数にも入らないだろう経験からでは一体どうなればすごいと感じられるかもわからなかった。
なにより、下世話なことを朝から率先して話しているのが王子様方であるということに世の無常を感じる。
俺は二人の話を聞き流すために、周りの音を意識して拾うことにした。
そこへ、後ろから軽快な足音が二つ響く。
「そこで振り返るのかよ、はっえーよ」
俺が振り返ると、こちらに向かって歩いてくるウルがいた。俺が音に気がつくのはウルの予想以上に早かったらしい。ウルの文句も俺の耳に届く。
もう一つの足音はユキシロで、ウルの後ろから走ってきた。そのユキシロは俺の顔を確認すると合図を送るように顔を僅かに横に動かす。そしてウルの傍で減速し、ウルと一緒に歩き始めた。どうやら、久しぶりのウルに挨拶をしていくつもりらしい。俺はユキシロに頷き、再び王子たちの後姿を眺めながら歩く。
「お、ユキシロ久しぶりだなぁ……元気してたか?」
後ろからはウルの嬉しそうな声が聞こえてくる。自分自身の仲間には愛想のいいユキシロが、控えめに尻尾を振り頭を撫でてもらっている姿が思い浮かんだ。
俺は、その想像に少しだけ笑う。セルディナが俺の様子に不審そうな顔をし、遅れて振り返った。セルディナもウルとユキシロを目撃し、隠すことなく舌を打つ。セルディナはウルがいるだけで不機嫌になれるようで、最近では見かけるだけで不愉快そうな顔をする。
「急にどうして舌打ち……あ、ウルじゃん」
セルディナの舌打ちはフォー様にも聞こえていたらしい。フォー様も振り返り、足を止め、ウルに向かって手を振った。そうなると、王子も気になるのかこちらに振り返り、少しフォー様を見てから同じく足を止める。それから俺とセルディナを見て、まだ遠くにいるウルとユキシロに視線を向けたようだった。