あとで覚えていろということなのか、ただのからかいなのかはわからない。ただ、またほんの少し頭痛が酷くなったのは確かである。
そのうしろに続くユキシロの任せろといった得意げな顔だけに少し癒されながら、俺はユキシロに任せたと頷いた。
三人がゆっくりとではあるがこの場から離れたあと、ウルは懐から麻布で包んだ何かを取り出しながら、口を開く。
「……頭痛の原因はわかるか?」
「わからない。だが、街に出て、帰ってからというのははっきりしている」
ウルから麻布の包みを受け取り、俺はその中身を確認する。リュスの実だった。俺はその麻布からリュスの実を取り出し、よく乾いていることを掌の上で確認する。そして、俺はウルだけに聞こえるように声を出来るだけ落として続けた。
「痛みがひどいと気持ち悪くもなる。その、気持ち悪いと思う場所が、だいたい決まっている」
同じく声を落としたウルが、顔を動かさず目だけで辺りを確認してから言葉を紡ぐ。
「呪いの可能性は」
「襲われてから痛いというのと、気持ち悪いと思う場所がだいたい決まってることから、濃厚だ」
そう、俺は頭痛の原因だけではなく、頭痛に規則性があることにも困らされていた。それがあることで呪いの存在が濃くなり、王子の身もより危険になる。俺が護れる範疇ならばいい。しかし、痛みや気分の悪さが俺の動きをにぶらせる。これも困ったことに分類していいだろう。
だから、ウルがリュスの実を口実にするだけではなく、ちゃんと渡してくれたのはありがたかった。あとで飲むために、俺はリュスの実を麻布で包みなおし、いつも下げている剣鉈とはちょうど反対側に下げている皮袋に入れる。ちょっとした小物を入れるのに重宝している皮袋だ。
「……場所は」
「ちょうどこの辺は、たとえ王子が居なくても痛い」
ウルが痛みを訴えながらも常と変わらない俺の様子に、顔をしかめた。
「王子が居ないときくらいそれらしくしてくれよ」
「王子が居なくてもそれなりにつくろわないでどうする」
最近はいつも頭に違和感がある気がする。痛いという顔をして他の生徒に気が付かれ、噂になって王子の耳に届いても厄介だ。出来得る限り、呪いだと気付かせるようなことは避けたい。
ウルはため息をついて、もう一度辺りを見渡した。今度は人を気にして、ではなく、呪いを助ける道具があるかどうかを確かめるためだ。
「そんな調子で、王子が好きじゃねぇって言えるのか」
「恩人に無事で居てもらいたいと思うのはいたって普通のことだろう」
少しいき過ぎなきらいはある。王子を尊敬していたこともあるし、どんなに王子への認識を変えても、根底にある第一印象のせいもあった。それに、俺をからかっていない王子は落ち着いていて話しやすくもある。だから、いつかフォー様にいったように、俺は王子を嫌いにはなれない。だが、その理由が、恩人だということだけではなくなってきたことを少し感じてはいた。
「まぁ、言ったところでお前は黙るんだろうけどよ。で、呪いに使う道具ってのは形状が決まっていたりするか」
「……極端な話、何でも呪具になる。だが」
「だが?」
ある一点でウルの目が留まる。俺も追うようにしてウルが見つめるその先を見た。
「俺に呪いをかけた奴が好きで使っていた呪具は、木製の杭、だそうな」
校舎はほとんどが石で作られている。
ウルの目が留まったそこは廊下と外を隔てるために作られた石壁があり、陽光を取り入れる大きな窓があった。最近、少し壊れてしまったらしく、そこには石の欠片と補修するための固定具として木が使われている。その木の端に、木の杭が少しだけ頭を出していた。
◆◇◆◇◆
俺とウルが呪具らしきものを見つけてから、かなりの時間がたっていた。俺は相変わらず痛む頭を抱えながら、王子たちの食事場で、昼食前の王子たちに観察されている。
「酷い顔だな」
王子の言いようではまるで俺が二目とみれない顔をしているかのようだ。王子たちほど素晴らしい造形は持ち合わせていないが、一般的に不細工といわれる容貌ではないつもりである。
俺はいつも通り混ぜ返そうとして、開きかけた口を閉じた。こちらを見つめる王子たちがやけに静かであったからだ。
「頭、本当に痛かったんだ……」
しみじみと呟かれたことばに、俺の平気な顔も捨てたものではないとどうでもいいことを考えた。そんなことを考えていなければ、今にもぼろが出そうだ。
「ええ。ですので、少し休みました」
俺は、そんな嘘のようなことばを告げる。確かに少し休んだが、王子たちが授業を受けていた大半の時間は違うことに費やしていた。木の杭探しである。
王子たちと別れたあと俺とウルは木の杭を見つけた。それが、本当に呪具かどうかはわからない。しかしながら、それに近づくだけで頭が痛いのだ、限りなく呪具に近いと考えていいだろう。そんなものを調べがつくまでと放置していられるほど、俺は能天気ではない。
だからといって深刻な顔をして、王子に何か勘付かせるのも賢くなかった。それ故、今朝のように平気なふりはせず、いかにも体調不良そうな顔をしている。
だが、王子たちにこうして見つめられている現在、それも失敗だったと俺は思う。
まず、教室にも向かわず、なんの連絡もせず、そのまま呪具らしきものを探してしまったのが間違えであった。
間違えでも、たとえそれが王子を狙ったものではなく俺が勝手に他の魔法に反応しているものだとしても、俺は探してしまうだろう。用心するにこしたことはないからだ。
だから、俺はウルと昼休憩前まで呪具らしきものを探し、学内をうろついていたのである。
ウルは授業があるので、本当は俺だけで探すべきであった。
しかし呪具を持つと俺は気分が悪くなってしまうのだ。呪具が集まるだけで頭痛と吐き気とめまいでふらふらする上に、そのせいで地面に崩れ落ちないようにと歩みが遅くなる。こうなると呪具など探せない。だから仕方なくウルに呪具を持ってもらい、離れて歩いてもらったわけである。
「授業出られないほどだったんだって聞けないくらい顔色悪いね。大丈夫なわけでもないでしょ?」
だからフォー様が俺に授業に顔を見せなかったわけを問おうとして問えないのも仕方ない。大丈夫かと尋ねることもおかしいと思われるほど顔色が悪いのも自覚があった。
それほど俺は呪具探しでまいっていたのだ。
そんな明らかに体調不良な俺は、昼休憩になり、再び王子たちと合流した。昼休憩は昼食をとる王子たちと用でもない限り一緒であるため、それが自然に思えてそうしたのだ。ウルが無理をする俺を止める口実に、普段どおりを装おうとする俺を利用したこともある。
余計なお世話といいたいところであるが、正しい判断だ。俺がもう少しまともに考えられたのならば、普段どおりにするよりも今こそ協力者に頼み、昼休憩に王子たちに合流できない用事でも作ってもらえばよかった。それが思いつかない上に、顔色が悪いまま合流するという、体調管理も出来なければ、他人に迷惑をかける一方といった状態を晒してしまっている。
つまり、あのまま無理をしたところで何にもならなかったし、悪化の一途を辿るだけだったのだ。
「いえ、今は落ち着きましたので……」