そうして昼休憩になる前にはウルに止められ、少し休ませてもらった。だが、フォー様が指摘するとおり顔色は悪い。気分は驚くほど爽快であるが、それは呪具だと思われるものから離れた反動や開放感からくるものだ。完全によくなったわけではない。
「でもさぁ……」
 フォー様が渋い顔をした。
 そういった顔をさせるのは俺の仕事ではない。護らなければならない人間に心配されるのは、護る人間として失格である。
 俺は意識して笑む。こんなことをしたところで、心配はないことにならない。余計に心配させることもある。俺は判断を誤ったと内心反省するしかない。
「……護衛官としての自覚が足りないのでは」
 セルディナは俺の様子を見たときから、呪いではないかと疑っていたのだろう。いつもなら、フォー様を余計に心配させたといってこっそり足くらい踏みそうなものであるが、今はまるで先輩のような顔をしていた。
 そうして体調管理が出来ていないと反省を促すことで、俺が授業に出なかったことも体調不良であることも、何か他の要因がないように見せかけてくれている。
 俺はその助けに頷き、頭を軽く下げ感謝を示したあと、王子に向かって頭を下げた。
「すみません」
   謝るべきは体調不良で不安感を抱かせるであろう、王子や王子の身内であり、先輩護衛官ではない。先輩護衛官には、護衛官としての自覚を促してくれたこと、助けてくれていることを感謝すべきである。
 もしもウルと呪具を探していたときのように体調が悪いままなら、こうも素直に頭を下げることなどできなかっただろう。俺の心配とその他もろもろの配慮をしてくれたであろうウルにも、後ほど礼をいうべきだ。
 自分自身の不甲斐なさに自然と苦笑が漏れる。
 王子は俺のその姿を見ながら、ただ、静かに首を傾げた。
「何故、授業に出なかった?」
 まるで他人の話など聞いていなかったかのように言い放った王子の表情は、平素となんら変わりない。
 変わらないというのに、その表情が問いかけてくる。
 お前は本当に体調不良で、教室に向かわなかったのかと。
 いつもなら品のない冗談の一つや二つくらい飛ばしてきそうな王子が、ただ黙っていたのは考えていたのかもしれない。俺が昼休憩まで何をしていたか、どうしてあやしい俺に何かを尋ね、心配するのがフォー様しかいないのか。
 頭が痛いという話をしたとき、ウルもいたし、リュスの実をくれるほど心配してくれた。王子たちと別れる前も、俺はウルと一緒に残ったのだ。それなのに、体調不良を理由にし、顔色が今朝より悪い俺一人で王子たちに合流している。心配していないわけではないが、呪具らしきものを他所に持って行ってもらっているため、ウルはこの場にいない。
 王子はウルがいないことを薄情だからとか、王子たちがいるからと思ってくれなかったのではないだろうか。
 王子はどこまでわかっているのだろう。
 思えば、俺は何度か失敗している。王子が言及しないのは、俺に深い付き合いを求めていなかったからだ。
 俺は体調不良であることを感謝した。王子の探りに顔色が悪くなっても、体調のせいにできる。
「体調不良で……本当にすみません」
 もう一度頭を下げた俺に、王子の顔は見えない。
「つまらないな」
 けれど吐き捨てるようにつぶやかれたことばは、退屈そうには聞こえなかった。
 顔を上げた俺に見えたのは、不機嫌だ。
「つまらない」
 フォー様もセルディナも、驚いたように王子を見るばかりで、その不機嫌さの理由を問えない。当然、王子と二人より付き合いが短い俺も同じだ。
「もう少しうまく、嘘はつけ。できないなら止めろ」
 王子が鋭すぎる上に、俺は王子の娯楽ではないというわけにもいかない。
 どう返事をしたものか悩んでいると、フォー様がやっと口を開いてくれた。
「兄上、なんか無茶苦茶ひどい」
「そうだな」
 頷いたあと、首を振り、もう一度俺を見た王子の顔に浮かんだのはなんであったのか。俺は理解しかね、いつも通りいるはずのないユキシロを撫でようとした。
「お気に入りの心配くらい、何も思わずしたいものだな」
 少し拗ねているように見えたなどと、本当によくわからない。
 だから俺は困惑する。
 困惑することはいくつかあった。頭痛もからかいも俺の不甲斐なさも、困っている。それ以上に困惑しているのは、王子の俺に対する態度が変わってしまったことだ。そんなものはこうして悪くない付き合いをしているのならば、俺が護衛をしている期間が長ければ長いほど変わるものである。
 だが、これは早すぎるといっていい。
 普通の護衛官ならば、信頼に繋がっているいい変化なのかもしれない。しかし、俺は普通ではなかった。第一王子の護衛官という地位は、本来ならば俺に転がってくるものではない。その上、呪い避けと兼任したり、期間限定でするものでもなかった。
 第一王子の護衛官はすぐに変わる。それは、王子にさしたる危険がなかったこと、王子のほうが護衛官よりよほど強かったこと、王子の性格が良くなかったことが原因だ。今まで変わってしまっているだけで、期間自体は限られていなかった。まして呪い避けと一緒にして急にいなくなってしまっていいものでもない。
「なぁ、魔法使い」
 拗ねたような表情に、少しだけ笑みが加わる。
 悪戯を思い浮かんだようなそれに、少しだけ苦味を残すような笑み崩れ方だった。
 それの意味するところなど、俺は理解してはならない。
 呪われた期間限定の護衛官などが、理解すべきことではないのだ。
「……すみません、以後気をつけます」
 俺は王子にとってはつまらないことばを繰り返す。
 王子が珍しくため息をつき、一度まぶたを閉じる。それを開くと、王子の表情はいつもと変わらぬ憎らしいものへと変化した。
「まったく困った護衛官だな。昼も休め。いつも通りユキシロはかりておく」
 この場は知らんふりをしてくれるらしい。俺も息をつきかけ、それを飲み込む。
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