「ありがとうございます。では、昼は休み、夕方にはお迎えにあがります」
「そうしてくれ」
 王子が頷くとともに、扉が叩かれる音が部屋に響いた。返事をすると、まるで時機をみていたかのように昼食が運ばれてくる。
 配膳されてしまうと、ほっとしたようなため息が俺と王子以外の人間から漏れる。フォー様やセルディナも王子の様子に変化を感じて息をのんでいたのだろう。
 今日も美味しそうに見えるが温かそうには見えない料理が並ぶ中、フォー様がいつも以上に明るい声をあげる。
「もー、兄上ったらまたそんなえらそうにいっちゃって」
 王子のいつもとは違う反応にまだ動揺しているのだろう。声の明るさもそうだが、話題選びを少々間違えてしまったらしい。セルディナがフォー様の斜め後ろでわずかに首を振る。セルディナ同様フォー様も自覚するところで、フォー様は誤魔化すようにから笑いをした。
「実際俺は、えらい身分なんだが」
 弟には優しい王子らしい。フォー様の気遣いに王子は軽口をかえし、肩をわざとらしく下した。
「そこはさぁ、ロノがいないと寂しいから早く元気になってねくらいの可愛げがあってもいいところだよ」
「俺に可愛げがあったら困るだろう、これだけ完璧なのに」
 こういった返答があることが王子の腹立たしいところだ。しかしこうでなくては王子ではない。
「そうだねー兄上に可愛げとかあったら気持ち悪いもんねーあー困った困った完璧で困った」
 そうやって適当に流して、ようやくいつも通りに戻ったようだ。フォー様は机の上に視線を落とす。
「今日もごはんが冷たそうだし」
 フォー様のこぼした昼食の感想は、話を変えるのにはちょうど良かった。フォー様の援護をするように、セルディナが口を挟んだ。
「そうですね、仕方ないんですけどね……フォー様、こうなれば魔法を使って温かくするか毒物反応を調べるか解毒するか……とにかく、温かく食べられる方法を探ってみませんか」
 いつもフォー様がぼやいていることである。セルディナの返しもいつも通り軽い。
「いいね、そしたら温かいごはんにはありつけるね! そしたら、あとはこの寂しい食卓にセルディとロノを加えると完璧だね!」
 フォー様はいつも、護衛と同じ食卓で温かい食事を囲むを望む。不満はあるが諦めているらしく、いつもは解決策を出そうとせず、通らないわがままをいうだけだ。話を別のほうにもっていきたいという理由ではあるが、解決策になりそうなセルディナの案にフォー様は乗り気である。
「俺も考えようか?」
「やだ。兄上の魔法とか、温めるとかいって魚が爆発するから」
 どうしても先日の王子の新しい魔法を思い浮かべるらしい。フォー様は王子の申し出を手を交差させて断る。さすがに王の魔法使いといわれる人間だ。王子とて食事を爆発させるようなことはしないだろうと、俺が王子に加勢しようとした。
 その前に、王子がぽつりと呟く。
「皿の上にあるものをちょうどいい温かさにするのは難しい」
 俺は口を開くのをやめた。
 もしかしたら、すでに何度かフォー様は王子の魔法で食事を爆発させられたのかもしれない。
「そうだよね、温かい食事って憧れるけどわかんないから、ちょうどいい温かさが想像できないんだよね、兄上も俺も」
 王子の魔法がとんでもないわけではなく、想像力の問題のようだ。
 魔法は想像が大事である。精霊にお願いをする形になる赤魔法では、その想像を精霊が読み取って発動するのだ。呪文はその想像の補助であり、伝わりにくい部分の補助でもある。実は精霊にとって大事なのは、呪文より想像なのだ。だから、想像がうまくいき、それが精霊にうまく伝わるのならば呪文は必要ない。
 俺は王子たちの前にある皿を見つめ、なるほどと頷いた。王子たちは大抵冷めたものを食べる。毒があるかないかを調べるためだ。だから温かい食べ物とは縁のない二人にはちょうどいい温かさというものが想像しにくい。
「……そう思えば、魔法使いがいたな」
 俺が納得して頷いていると、王子が何かに気がついたらしい。俺に振り返って、いやらしい笑みを浮かべた。俺が常々ぶん殴りたいと思っている顔だ。
「あ、そうか。セルディは猫舌だし俺に付き合って温かいのとはあまり縁がないけど、そんな風にみえないロノならわかるよね、ちょうどいい温かさ!」
「しかも、呪文を唱えずとも魔法を使えるんだ。想像はお手の物だろう?」
 王子はどうやら、俺の魔法を理解していたらしい。王の魔法使いなのだから、気がついて当然だ。しかしこうして指摘されることはあまりなかったため、少し驚き、魔法は使わないといいそびれた。
「え、ロノのあの呪文なしの魔法ってそういうことなの? 俺、呪文いらないっていうの、ちょっとした伝説かと思ってた。そっか、だから魔法使いか」
 フォー様は俺の魔法について気がついてなかったようで、王子のことばに随分感心した様子だ。俺も、フォー様の見解に、ようやく魔法使いという呼び名の理由がわかった。
 簡単にいえば、想像だけで魔法を使うことが珍しいからだ。それと、王子たちにはそれが出来ないからである。人は自分にできないことをできる人を見て、魔法のようだと称することがあるのだ。これは出来る人が少ないほど、自分の技術とかけ離れているときほど使われる。
「そうそう。だから、使ってくれ、魔法」
「いえ、それは無理です」
 きっぱりと断れば、フォー様が唇を突き出し、不満を表した。王子もフォー様を真似して唇を突き出すものだから、俺は手を握り締める。相変わらずフォー様とは違ってまったく可愛げがない。腹立たしくて不敬罪でも殴りたい顔だ。
 俺はそれを手に力を入れ耐えると、ようやく口を開く。
「食事を温めること自体は難しくないのですが、毒の魔法や呪いを考慮してお食事に魔法を使うということが難しいんです」
 従者が毒の魔法や呪いを王子たちにかけるということはあってはならない。しかし、必ずしも王子たちの味方ばかりが従者であるわけではないのが現実だ。食事といえど魔法を反射する魔法や、呪いの対策がなされてある。
 だからこそ、王子たちの食事は作ってすぐに出されない。
 その王子たちのための魔法を解いて温めることも不可能ではないが、魔法を解いたということがわかれば大騒ぎになる。
「反射や呪い対策なら大丈夫だよ。今かけてるのはセルディだもん。部屋全体にかけてくれてるし、ロノが温めるってわかってるし、セルディがロノの魔法だけ除外してくれるよ」
「俺が爆発させたときもそうしてもらったからできるぞ」
 王子が食事を爆発させていることか、セルディナが魔法上手であること、どちらを言及すべきか悩んで、俺は大きくため息をつく。
「……ご心配をおかけしましたしね……」
 このくらいの体調不良ならば、食事を温めるくらいは一瞬でできる。
 俺は少しの諦めと感謝を込めて魔法を発動させたのであった。
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