そうして、笑ったあとに俺に呪いをかけ始めるのが問うまでももない証拠だ。
 必要なこととはいえ、呪われる側としてはあまりの気軽さに苦いものを噛んだような気分になってしまう。
 その上、俺は好きでもないのに呪われなければならないのだ。自ら望んだこととはいえ、その他の気分がせりあがってくる気さえする。そんな厄介そうな気分が表に出る前に、俺は一度首を振った。
 イズベル師は明らかに面白がっているし、魔法を使う口実として俺と関わっている。けれど、俺を呪い殺そうとしているわけではない。呪われることを怖いと思うのは仕方ないにしても、恨んだり憎んだり負の感情をぶつけたりするのは間違いというものだ。
 俺は両腕を擦りながら、そんな気分を変えるためウルに目を向ける。
 ウルはウルでイズベル師から少し距離をとっていた。やはり呪いをかけているイズベル師は怖いものがあるようで、ウルも片腕を擦っている。
 ウルは俺が呪われているというのに、距離をとってしまったことを少し気まずく思ったらしい。俺の視線に気がつくと少し明るめの声で、さきほどとは違う話をし始めた。
「そうそう、あの、俺を親の仇みたいな目で見てくる従者から手紙を預かってまして。いつも通り鑑定お願いできますか」
 呪いのことばを呟いていても、しっかりウルの話はきいているようだ。イズベル師は軽く頷く。とても器用だ。この器用さが他の場所に発揮されたらいいのにと思う。しかし、それが発揮されたところで、この部屋は綺麗になったりしない。きっとこのままだ。
 ぶつぶつと呟き続けるイズベル師から意識をそらそうとするものの、うまくいかず、なお腕を擦る。おそらくこの部屋に居る限りは無理だろう。汚い部屋が視界に入るだけでイズベル師の存在を強く感じてしまうからだ。
「呪われあれ呪われあれ呪われあれ祝福を知らぬ子よ呪われあれ」
 俺が意識をイズベル師に向けてしまったせいか、急に呪文が鮮明に聞こえてくる。
 呪いは一息にありったけの憎しみをこめて呪文を呟くとうまくいくと、イズベル師はそういっていた。呪い……黒魔法は、思いの強さで発動するものだ。赤魔法とは違い、精霊にお願いをする必要はないが、思いを強めるためにやはり、想像力が大事になる。そうなるとやはり呪文は補助として使われていることになるが、赤魔法より黒魔法の呪文は大事だ。思い込むためにも、呪文を自らの耳にいれるからである。
 想像し、思い込み、強い思いにのせ、何かを合図とし黒魔法は発動するのだ。
 そのため、イズベル師のいうことも一理あった。
 しかし、それをされるほうはやはりいい気分になれるわけがない。
「手紙の鑑定?」
 だから俺は、また呪いの声から逃れるために口をひらく。
「そう、恋文とか将来の根回しとか、ちょっと秘密にしておきたいこととかの」
 王子の護衛官になってから、俺はそういった手紙をあらためたことがなかった。
 王子たちの手に渡るものは、たいがい従者が中身などを確認する。王子たちの手に渡ったあと、何が起こるかわからないからだ。手紙ならば刃物が入っているかもしれないし、それこそ呪われるかもしれない。それだけでなく、手紙の内容自体に問題があったりもする。
「王子への手紙を見たことがないが」
「お前のいう王子ってのはラグ様だよな。ラグ様は昔よく貰ったみたいなんだが……さっさと手を打っちまったんだよ。けど、たまにこうして間違ってお手紙がくるらしい。あと、今回のはたぶん、最近流行のおまじないのせいだ」
「おまじない?」
「そうそう、魔法学校だっていうのに流行ってるんだよネェ」
 呪いのことばを吐き出すのは終わったようだ。うまく俺の中の呪いと拮抗してくれているのか、呪いがかかったという気がしない。こういったとき、王の魔法使いに魔法をかけられるということに素晴らしさを感じる。絶妙な呪い具合に拍手を送りたいくらいだ。
「願いが叶うおまじないなんだってネェ。小さなものは夕食のおかずから大きなものなら夢や恋まで叶うってェ」
 俺が無言で感動していると、イズベル師がウルに掌をみせた。どうやら、ウルがイズベル師に確認してもらいたい手紙を手に乗せろと要求しているらしい。
 ウルはイズベル師に頷き、懐から手紙を出した。
「詳しくはわからないんだが、結構細かな手順があるらしい。でも、便箋は白で、封蝋は青って決まりらしいな。最近は隣国の輸入品を使うのが流行ってる」
 確かにウルのいうとおり、ウルがイズベル師に渡した手紙は白く、その封を留めた蝋は青い。しかも、封筒は一様に白に何かうっすら模様のようなものが入っていた。
「お隣は内乱中じゃなかったのか」
 隣国のジェスディーテは衣服や繊維、糸などが有名な国だ。それだけではなく、便箋や封蝋、筆記用具といった細々としたものも洒落ているといって貴族に人気がある。おまじないの手紙に使われているといえばなるほどと納得できるものがあった。
 だが、その国が内乱をしているから、騎士団の手が足りず、ウルやリッドといった騎士の息子たちが借り出されているのだ。輸出が止まっていてもおかしくない。
 そんな俺の疑問はすぐに、ウルから答えがあった。
「服の嗜好の違いでやってるとかいうやつな。こっちは警戒して騎士団を国境に出してるけど、貴族の娯楽を止めるほどじゃない。高値にはなっているが、手に入らないものほど……ってやつだな」
 ウルの答えに心底納得した俺は、もう一度白い手紙に目の端に留める。改めて見ると、余計にその白さが貴族らしく見えた。
 よほどの才能がない限り、魔法学校は金を持っている人間が通うものだ。この学園ほどならば、資産と才能が問われる。だから、学園にいるほとんどが貴族の子息だ。手に入りにくいもの見かけることもあるだろう。
「いやに詳しいケド、なんでカナァ?」
 手紙を受け取ったイズベル師は、中身を見ることなくそれを二、三度振り、首をわずかに傾げる。
「俺も貰うからですよ」
 ここにセルディナがいたらわざとらしく、男前だといって嫌がっただろう。だが、ここに居たのは学生時代があったかどうかもわからないイズベル師だ。
「キイタァ? 悔しいネェ、ロノウェくん」
 イズベル師自身が悔しいのではなく、俺が悔しいということになっていた。ウルが思わずといった様子で口を押さえる。ウルのせいでからかわれているのに、薄情なヤツだ。
「いえ、悔しくないですけど」
 ウルが異性同性含めて、好意を寄せられるのは昔からである。今更悔しがってやるほど、俺も暇ではない。
「ロノは野郎にたかられますからね。禿鷲にたかられる死肉のごとく」
 笑いはすぐに収まったようだが、ウルは口は押さえたまま俺が悔しくない理由を告げた。そのたかられるせいで、俺はもてるということに関心が向かないのだ。
「野郎にモテるってェ?」
「騎士学校では地味にしてたらしいんですけど、北方騎士団じゃよくたかられてました。うまい飯が食えると」
 イズベル師はそれを聞くと、この世で一番面白いものを見つけてしまったという得意げで腹立たしい顔をし、それはもう嬉しそうに手紙を何度も振った。
「カワイソォ!」
 そのうち封筒から中身が出るのではないだろうか。封筒は便箋をその身にぶつけられ、何度も何度も意外と大きな音をたてた。
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