騎士は王子にそれ以上を求めない


 フォー様は、こちらを睨みつけていた少年から身を隠しながら会議室に向かった。俺とセルディナはそんなフォー様を見送り、図書室へと急いだ。
 現在、俺たちがいるのはシノーラ魔法学園といって、ほとんどの季節を王子やフォー様が過ごしている場所でもある。学園はレスターニャ魔法王国の王都シノーラの名前を持つ王国最大の魔法学校であり、最大の図書館の一部だ。衣食住に困っても本だけは手放さないといわれているレスターニャの国民が、皆憧れる学園でもある。
 学園は王城を背に王都の中心にあり、地下には迷宮のような図書館が広がっていた。実は学園と呼ばれる機能を持っているのはその図書館の一部だ。
「白……」
 図書室というのは図書館の学園として機能している部分にある図書館の一部である。その図書室に入ると、俺とセルディナの用事であるクラウグル・ウェンスタが俺の髪を見るなり驚愕をあらわにした。
 今の俺の髪は白い。収穫などを祝う大祭の前は、何処にでもいる何の変哲もない茶色の髪だった。
「呪われて、王子の護衛ってのは本当だったのか」
 髪の色を抜いたり染めたりして、憧れの王族に多い金や銀、柔らかな薄い色にする王都にあっても、白は珍しかった。しかし居なくはない色だ。呪いのせいだと決めつけるには少々理由が足りないくらいである。
「それだとまるで王子の護衛になる呪いを受けたみたいになってるんだが」
 けれども俺はいつもと変わらぬ調子で返答した。
そのためクラウグル……ウルの驚愕はすぐに姿を隠す。代わりにウルは少し嫌味な笑みを貼り付ける。
「違うのか」
「違う」
 しばらくの間、俺とウルは見詰め合っていたが、ウルが耐え切れず声を出して笑い始めた。
 図書室では私語は小さな声でというのが基本だ。学園が図書館の一部であるから他の図書館よりも人の声がするとはいえ、その規則はこの図書室にも適応されていた。
「図書室では静かにしろよ」
 あまりにウルが笑い続けるから図書室のあちらこちらから視線が飛んでくる。その視線は、笑い声の主を確認すると、嫌悪感を滲ませずにウルと同じように驚きに染まった。
 ウルは王子やフォー様が所属している生徒議会の議員として有名であり、平素は王子と同じように暇を持て余している風だからである。
「いや、悪い。けどよ、そうでもないとお前はラグ様の護衛とか頼まれてもしないだろ」
 ウルは北方騎士団の団長の息子で、俺とは幼馴染のようなものだ。
 俺と違いウルは魔法の才能があったため、ここに在学している。偶然であるが、運が良かった。俺だけだと学園に居ても自然さを装うことが難しかったからだ。
 俺が王子の護衛に抜擢された理由は、護衛がいなかったからではない。俺でなければならない理由があるのだ。だが王子には、いつも通りのすぐ変わる護衛だと思ってもらわなければならなかった。
 故に、王子にいつも通りと騙されてもらうためにもウルに協力を仰いだのだ。
「そう思うと、王子の護衛をしなければならない呪いかもしれないが……俺の意思だ」
 俺は護衛の他にも任命されたことがある。それがあるために、俺は王子の護衛になれた。
 それは俺が白髪になった理由でもある。
 俺が白髪になった理由、呪いだ。
「知ってる。助けられたんだって? ラグ様は気まぐれに、遊び半分で助けただけだろうに。義理堅い奴だよ、お前は」
 それはけして、王子の護衛になるための呪いではない。
 俺が王子と話をしたのは護衛官に就任してからではなく、学園の入学式より前で大祭があった頃だ。大祭は農作物の収穫を祝い、研究の成果などを発表するもので、大陸の北の角にあるレスターニャが一番暖かい時期に行われる。大祭は国中の人間が楽しみにしているものであり、レスターニャ国内ならば何処にいてもこの大祭で賑わうが、特に王都の賑わいはまさにお祭り騒ぎといったところだ。
 だが、大祭で賑わう王都の裏では、一人の呪術師の手による無差別連続殺人事件が密やかに影を落としていた。その事件は、王都の大祭を見に来た田舎者が最後の犠牲者となり、終わる。田舎者にかけられた呪いは、半分、王子によって呪術師に返され、田舎者の命は助かった。半分しか呪いを返せなかったのは、王子が呪術師を見つけたときには既に半分、田舎者に呪いがかかっていたからだ。
 この田舎者が俺である。
 王子が呪術師に呪いを返したのは、暇つぶしと恩返しのようなものだ。俺が呪われる直前に、王子が人ごみに押され馬車路に出されたところ、俺が王子の手を取り引っ張った。その時ちょうど馬車が通りすぎ、不運とか幸運とかそんな話をして別れたのだ。
 幸運なのは俺だった。王子はそれくらい一人でどうにかできる人である。
 そして、王子は俺に軽い気持ちで恩返しのようなものをし、俺は命の恩人を王子と知らず探し回った結果、護衛になった。
「助けられたのは事実だ」
 図書室利用者のために用意された椅子の一つに腰をかけ、ウルが目を細める。
 俺の白髪が物珍しいのだろう。確認しようと伸ばされたウルの手を俺は叩いた。
「それでも呪い避け兼護衛を引き受けるってのは、恩を仇で返してないか?」
 そう言って手を撫でながら、ウルはセルディナに向け話しかけるように首を傾げる。急に話を振られ、他人事のような顔をしてぼんやりしていたセルディナがちらりと俺を見た。
「仇ではないけど、軽いとは思うね。呪い避けはあんまりだとも思うけど」
 王子が呪いを返してくれたお陰で俺の命は助かったわけだが、もう一人命拾いをした人間がいる。呪術師だ。半分しか返されなかった呪いに蝕まれながら、呪術師は王都から姿を消した。王子を必ず呪い殺すと恨み言を各所で漏らしており、目撃情報も少なくなかったというのに、呪術師は忽然といなくなったのだ。
 呪術師が動く気配を見せたのは、学園の長期休暇が終わろうかという頃だった。
 再び何の関連性もないように思える王都の人間が、次々に呪われ、死んだのだ。それは、消えた呪術師が使っていた手と同じであり、前よりも周到に行われていた。
 もしこれが同じ呪術師の仕業ならば、王子の身が危険だ。そこで、一度呪いを受け、まだ生きている俺に呪い避けとして声がかかった。呪いといわず、魔法は同じ力と引き合う。同じ術者の使用する呪いならば、よほど改変しない限り同じ力が使われているものだ。俺にかかった呪いと引き合うはずである。
 王子の呪いを俺に向ける、もしくは呪いをかける準備段階で気付き呪われることを阻止することが俺には可能なのだ。つまり、俺は呪い避けの道具として最適だった。
「呪い避けになれなければ、俺は護衛に抜擢されていない」
 その上、ちょうど王子の護衛官が空席で、俺は王子の近くに居た方が呪いを向けやすいだろうとその席に座ったのだ。そうでなければ俺の身分では王子の護衛官になれるはずがない。
 だから、その席に座るため、呪術師のことを知るため、こちらのことを呪術師を探している南方騎士団に知らせるため、俺には協力者が必要だった。
 しかも、王子がまた首を突っ込まないようにもしなければならない。王子が俺を助けたから、この事件があるのだ。俺としては複雑な心持ちであるが、そうすることが当然といえた。
「死ぬ気はない。王子を護るだけだ」
「まぁそうな。友人失わないためにも、俺もちゃんと協力するから」
 ウルが仕方がないと肩を下す。
 もう一人の協力者であるセルディナも同感であるようで、小さく頷いてくれた。
「よろしく頼む」
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