王子とフォー様を暇にさせるとろくなことをしない。
俺はまだそれを知らなかった。
副議長に遅れることしばらく。やってきた会議室の扉を開けたがらないウルとセルディナの代わりに扉を開け、すぐ、俺は扉から手を離した。横に飛び、二、三歩後退した後、右に数歩足を動かし、腰元に手を伸ばす。
「お、避けた」
「えー、兄上、お気に入りだからって手抜いた?」
「抜いてねぇよ。クラウグルとセルディナは、離れてるみてぇだな。人身御供されてやんの」
扉の向こう側から聞こえてくる声が憎い。
「やっぱり仕掛けてあったな」
解っていたのなら教えて欲しいものだ。俺は腰のあたりにある剣鉈から手を離すと、床を見た。
俺が扉を開けると、攻撃魔法が発動し、足元に何かが飛んできたのだ。どうやら水系統の攻撃魔法だったらしい。俺が居た場所にいくつか水溜りが出来ていた。床が傷ついていないことから、水に濡れて不快だと思う程度の威力しかなかったと推測できる。しかし、この時期に水に濡れるのは寒くて仕方ないので、本当に濡れなくてよかった。
魔法の罠が消えたと理解するや否や、会議室に入ったセルディナに続くようにして、俺も会議室に一歩足を踏み入れる。
「副議長を何処にやったんですか?」
「会議室に入った途端それか? ロノウェ、お前、俺とフォーのことをなんだと思ってるんだ?」
どうしてこの二人を止めてくれなかったのだと、副議長を探したのだが、姿が見えない。おそらく会議はウルを省いて終了し、副議長も会議室から出て行ったのだろう。そう思うものの、攻撃魔法に襲われた人間としては、一つ二つ何か言ってやりたい気持ちも残る。
「オウジサマ、デス」
「なんかぎこちない言い方なの気のせいかな?」
「こんな立派なオウジサマを前に失礼なやつだな、ロノウェ」
自分自身でも王子様などと思って居ないと解る。王子様二人は各々傷ついた顔をした。フォー様は顔を覆って嘘泣きしがっかりした風を装い、王子は寂しげで悲しげな目をして、視線をゆっくりとそらす。王子の腹立たしいほどの演技力を前にすると、フォー様のわざとらしさなど可愛いものだ。
「セルディ、ロノが俺のこと勘違いしてるよー」
「よしよし、ロノウェはわりと貴方の遊びを理解してるから冷たいだけですよ」
「何それ、ロノウェより、セルディ酷くない?」
慰めるふりをしてセルディナもなかなか辛らつである。フォー様の傍にいなければ、一人の人間を消すなど物騒なことを言う男のようには見えない。
「慌てもしないのか、詰まらんな」
「慌てても王子は詰まらないんでしょう」
俺が常と変わらないと確認すると、王子は足を組んで図書室とは明らかに違う豪奢な椅子に背を預けた。そうしていると王子というより、わがままな王様のようだ。
「理由は?」
「勘です」
勘ではなく、理由はあった。
王子は俺が普通と違うことが暇つぶしになると思っている。だから王子の思うとおりに反応すれば、しばらくすると飽きてしまう。飽きさせておけば、気に入っていたことも忘れてくれる。しかし、それはあまりに反応がなくても同じことだ。それならば、常と変わらぬ態度をとったほうが楽であるし、怪しくない。
「へぇ」
興味がなさそうな返事をした王子の生き生きとした目を直視してしまい、俺はさっと視線を反らす。反らした先に会議室の様子を薄く笑って眺めているウルがいた。ウルならば王子の代わりに殴っても不敬にはならない。殴ってもいいような気がした。
「ところで会議は終わったんですか、ラグ様」
俺の気分に気がついたのか、ウルが口を開く。俺に殴られた事はまだ数えるくらいしかないというのに、よほどの心に残っているのだろう。俺がウルを殴ろうという気配を見せると、ウルはすぐさま解決策を用意する。
「ああ、書類出したら終わりだ。会議出てなかったんだから、クラウグル、持っていけよ」
「了解。ロノに八つ当たりされないうちに行っておきます」
会議室に来るときとは違い、素早く書類を持ってウルは元来た道を戻って行った。ウルは黙っていて欲しいときに一言多い。そろそろ王子のお守りは飽きてきたと、ユキシロが歩いて来なければ、後で呼び出してでも殴るところであった。賢いユキシロのお陰で時間を無駄にすることなく済んだ。
いつも通り俺の左隣に来ると、ユキシロは得意げに尻尾を振り俺を見上げる。俺もいつものように左手でユキシロの頭を撫でた。
「ユキちゃんは、なんでロノにしか尻尾振らないの?」
「フォー様に愛想を使いたくないだけでは?」
「セルディなんかやなことあった? いつもより酷いよ? しかもそれ、ロノにも愛想で尻尾振ってることになってるよ?」
まったくフォー様の言う通りだった。ユキシロが心外だと唸ったが、セルディナはどこ吹く風だ。