「セルディナ、そうなると俺は愛想を使ってもらえねぇ上に、そそくさと去って行かれたんだが」
「ははは、振られちゃったんじゃないですかねぇ。あ、違いますね、最初から相手にもされていなかったとかかもしれません」
「セルディナ、兄上に八つ当たりしても、後が怖いだけだよ」
 フォー様の言葉が正しいのか、セルディナはゆっくりフォー様の背後に回ると、その身体を小さくした。
「セルディに手を出したら許さないんだゾー」
「いやいやいやいや、兄上が悪いんならまだしも、俺を盾にして、微妙に似た声ださないで!」
 黙してフォー様とセルディナを見守っていた王子が?を緩め、一つ息をつく。フォー様はもちろん、セルディナに何かをするつもりはないらしい。
「お前ら、飽きさせねぇなぁ」
 もしかしたら、王子はそれ以上はいらないのかもしれない。そんなことを思うくらい、王子の雰囲気が和らいだ。
 それは公に見せる顔でもなければ、普段見せている顔とも違う。ごくごく親しい人間にしか見せない顔だ。
 俺はその表情を向けられるほど親しくなってはならない。
「そろそろ帰りませんか、西陽も射してきましたし」
 気を引き締めるためにも、俺は三人の会話の中に入った。王子は、今気がついたといった風を装い、本当にわざとらしく目を見開く。おそらく、どうしようもないことを思いついたのだろう。
「ああ、早く二人きりになりたいなら、そう言ってくれれば……」
「わっお! 俺たちお邪魔みたいだよ、セルディ」
「ならば、お先に失礼しましょう」
 王子たちは少しも俺にしんみりさせるつもりは無いらしい。無駄な冷やかしの言葉を俺にかけてフォー様とセルディナが騒がしく立ち去ったあとも、王子は続ける。
「ほら、二人きりになったことだし、好きなようにしても構わないんだぞ? というか、ヤるか」
「さすがにもうユキシロがいても夕方は寒いですね」
 王子がそれは楽しそうな顔をして、先程とは明らかに違う、意地の悪い笑みを浮かべた。
「無視か」
「本当に冷え込みますね。王子、早く帰りましょうか。風邪……のほうが逃げそうですが、万一ひかれては困ります」
 王子はニヤニヤと笑ったまま立ち上がり、俺を追い越し、寄宿舎に帰るために歩き出す。
 その姿は、堂々としており、綺麗だ。
 姿勢なのか歩く姿なのか、女性的な要素ではなく、力強さが綺麗に見える。銀色の髪も夕日がうつってオレンジにも金にも見え、その姿を彩った。容姿だけなら、吟遊詩人が詠う人物そのものだと見惚れてしまう。
「じゃあ、帰ってヤるか」
 やはり王子は夢を見させてくれない。俺は寄宿舎へと歩き出した王子の後ろについて歩き出す。
「知ってますよ、下級生が今晩もいらっしゃるんでしょう? ちょっと三人って言うのは俺には難しいんで、お二人でお楽しみください」
「そうやっていつもうまいことかわすな」
 俺の親しい友人たちは揃って、俺を不器用だという。確かに間違っても海千山千な王子をいなしたりかわしたりはできない。
「そうでもないですよ。いつもギリギリです。特に王子のお言葉が」
 それでもかわしているということは、それだけ俺が必死だということだ。
 石造りの校舎に響く靴音もそうである。規則正しく速度も変わらない足音は、打ち付けるでもなく、不自然なすり足でもない。乱れることなく心地よい速度で音が響いている。その後ろについて行く足音の不慣れさが、先を行く音の自然さもあり、邪魔臭い。
 うまく自分自身の歩調も作れないでいる。不器用でいて必死、まさにそれだ。
「それは不敬といわないか」
 放課後の校舎、たまに見かける生徒の視線を奪っていく王子の後ろで影を踏まぬように歩く俺は、それでも背を伸ばす。そうすると、俺より器用なユキシロが伸びた爪を石畳にあてる音が聞こえた。それがさらに後ろからやってきている。平素と変わることのないユキシロの足音は俺を落ち着かせた。
 ユキシロはいつも俺を助けてくれる。意識的にしろそうでないにしろ、助けられてばかりだ。
 俺は王子が見えていなくとも意識的に呆れた顔をしてみせる。
「それを言うと、王子は従者の意思も知ったことではない、傲岸不遜なわがまま王子ということになりますが」
「……友達少ないだろ、お前」
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