村では同じ年頃の子供を探すことが難しく、騎士学校で友人を作るのは面倒だった。それでもいなくはない。ただ、多いとも言えなかった。王子の言っていることは正しい。だからこういうとき、なんと言えば正解かを探るのも得意ではなかった。
 そうなると、身近を手本に考え出すしかない。
「いつ見てもフォー様か、副議長と一緒の方に言われたくはない言葉ですね」
 セルディナのような答え方をしたあと、しまったと思った。王子はセルディナのそういうところが気に入っているのだ。けれど、言ってしまったらもう遅い。
 王子が鼻で笑った。遊び相手に不足はないといいそうな、自信の溢れた薄ら笑いが思い浮かぶようだった。
「友人である護衛が次々とやめていくからな」
 団長から聞いた話によると王子が護衛を友人に選んだことは一度もない。呪い避けや毒味もそうだ。同じくらいの年頃ではなかった、友人にするとつらい、色々理由はあるだろう。しかし、もっともしっくりするのは、つまらなかったというものだ。
 それほど王子は退屈しているように見えた。
「恐れ多くてやめたのでは?」
「それ、言外に友人いねぇっつってるよな」
 レスターニャの王は血族を重視しない。王の子であれ、跡を継ぐ資格がなければ王にはなれないからだ。
 それでも、王族である人間は敬われる。レスターニャが魔法の国である限り、王族が秀でた魔法使いであり、それを輩出するのなら誰もが頭を垂れるのだ。
 そんなレスターニャでも王子は特別で、王の魔法使いという赤、青、黄、白、黒の五色の魔法を使える魔法使いである。王の魔法使いは王になる資格の一つだ。友人になるのは恐れ多いと思っておかしくない。
「いえ。しかし、護衛官でご友人も勤めたというお話は聞きませんでしたから」
 これは本当だ。きちんと調べ、掴んでいる。俺は王子の友人を疑わねばならない立場だからだ。
「へぇ、誰に」
「元上司に噂程度に」
「北方の騎士団長か?」
 王子の言葉に、歩調が乱れる。不運にもまだ校舎内で、硬質な石が俺の動揺を音にして王子に伝えた。
「……ええ、まぁ……」
 歯切れの悪い言葉を返す。俺の元上司は南方騎士団の団長だ。王子の言うことは間違っている。
 しかし、俺は一度もどの騎士団の所属であったかを告げてはいない。現在は王子の護衛官だから近衛に所属していて、それは誰が告げずともそういう仕組みであるから王子も知っているだろう。だが俺がどの騎士団から来て近衛にいるかを王子が知る由はない。
「驚くようなことじゃねぇだろ。ユキシロは北方にしかいない種だ」
 王子は心持ち上機嫌であるようだった。王子の上機嫌とは逆に、俺は背中が寒くてしかない。
 後ろからついていく俺は、動揺をこれ以上悟られないように努めた。俺の動揺を王子より敏感に察知しているだろうユキシロが心配して来ないように、手を後ろに向けて広げる。
「……よく知ってますね。フォー様は知らないような感じがしましたが」
「セルディナがいるからな。召喚できる種だと思っているんだろう」
 ウルファは召喚の契約をしない種で、召喚は出来ない。セルディナのお陰で召喚獣が身近にいるフォー様は魔獣といえば、召喚獣だと思っているのだろう。王子もそう思っていても変ではないが、王子は知っていた。それで、ウルファの生息地を割り出し、俺が北方から来たと推測したのだ。魔法のことばかりに興味が向く傾向にある魔法の学校の生徒にしては珍しいことを知っているといえた。
「北方にはウルファと狩りをする村もあるだろ? 北方と南方は、貴族以外の出身者も受け付けているからな。ジェリスというのは、北方の家名だったように記憶しているし、出資でもしてもらっているってところか」
 国の北端にある雪に埋もれた小さな村のことなど、北方でも知らない人間が多い。それに加え、特産もなく、領主さえも税を納めに行かなければ忘れてしまうような村だ。それを村から遠く、王都から出ていけそうもない王子が知っている。ジェリスが北方の家名であることも、騎士団の体制も、王子が知らなくても仕方が無いことだ。
 王子の知識量とそれを生かしての推測に、協力を頼んでよかった、騙すことができてよかったと安心しても良いくらいなのに、俺は、焦った。
 それ以上に、別の感情が押し寄せて、足が止まる。王子も足を止め振り返って、俺を怪訝な目で見た。
 王子にこんな表情をさせてはいけない。こんなことではいけないのだ。解っている。
 けれど、王子が知っているということが嬉しくて、仕方ない。
「王子は……知ってるんですね」
 入学式の時と同じだ。
 セルディナに案内され、参加した入学式で壇上にいる王子を見て、俺は本当に嬉しかった。まわりに居た生徒のように憧れや尊敬で、感動していたのもあったかもしれない。しかしそれはほんの少しだ。
 そんなことより、命の恩人が生きていて、存在していて、間違いなく目の前にいて、それを護れるかもしれないことが、ただただ嬉しかった。
 そのあと挨拶に行った時、どれほど緊張したことか。
 渇いた口を開きながら、思い出す。
「……国の、北端の小さな村のことなんて、領主すら曖昧ですよ」
 俺にとって王子は、変え難い存在だ。たとえどんなに思ったとおりではなく、嫌だと思うことが少なくなくても、腹が立っても、この耐えることを知らない一瞬が王子の特別を証明する。
「小さくとも、そこがレスターニャなら」
 王子に会って、俺の理想はもろくも崩れた。踏み固められ、平らになったそこに王子が当然のように放った言葉で、いとも簡単に違うものを建てる。
 俺は一度頷くと、顔を引き締めた。
 尾を引く感情のせいで、いつも通りには出来なかったがいつまでも気を緩めては居られない。
「王子が自由に振舞うのは、性格だけではなくて王の子で王の魔法使いだからなんですね」
「当たり前のことだ、あと、性格は余計だ」
 それは、王子くらいの年の人間が考えるには重いことだ。当たり前だと普通のことにしてしまっている王子をすごいと思った。王子と同じくらいの年頃の人間として、尊敬したい。
 どうなっても護ると再び心の中で決意を固める。
「そうですか。王子は結構いい性格だと思うんですけど」
 そうして俺は、言葉を重ねて先程までの態度を誤魔化すに努めた。
「お前に言われたくはねぇよ」
 王子は俺の態度について深く踏み込まない。それも王子にとって普通のことであり、俺にとって助かることでもある。
 少し寂しいなどと気のせいだ。
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