チーターの失速


自分自身の悪行を悔いる。
そんなものはあったとしても、もっと後のことだろうと思っていた。
それが、だ。
たった今、悔やんでいる。
今まで、ぱしりにしたり、びびらせたり、脅したり、無理強いしたりしてきた。
もっとさかのぼると、喧嘩三昧で、人に適当に接したり、気分でなぐったりしてきた。
後悔する予定も無かったし、これからもそういう行動に振り回された人間には何も思わねぇんだろう。
ただ一人を除いて。
…そう、河上朔也をのぞいて。
積もり積もって、今まで得てきた評価とか、ああいうの。
そういう評価であいつに俺を見られるのも、避けられるのも、…嫌われるのも。
当然といえば当然のことだし、あいつが他の奴と違って『そんなことねーよ』とか言ってても、それはそれできめぇえって思っちまう。
オーバーなくらいビビって、俺が半分起きてるとか知りもしねぇえで、ちょっと強気に出てるくらいがあいつにはちょうどなわけで。
そういうところもなんだ、いいなと思ってるわけだ。今となっては。 前は、ちょっと面白れぇえな、くらいだったけどな。
それが。
この前の喧嘩の時くらいからおかしい。
おかしいといえば俺も、あのときからおかしい。
あいつのことがやたら気になったり、寝ても覚めてもあいつのことばっかり考えたり。
認めたくねぇけど…まぁ、わりとすぐ認めたが。あいつのことが、俺は好きなんだろう。そう思った。
思い出すのは、鼻水まみれで、涙でぐしゃぐしゃ。ただでさえ鼻水まみれてんのに、ずーずー吸いながら、俺が大丈夫かといったあいつ。
その顔有り得ねぇえなって思うと同時に、馬鹿だなと思った。
馬鹿だから。なんかもう例えようもないくらい、その馬鹿さが、俺を惹きつけた。
だから。
今の状態は不満…というより辛い。
あからさまに避けられている。
脅しつけたり、無理強いさせたり…できないことはないのだ。
そうやって昼飯だけは、前と同じように一緒に食ってる。食ってはいるが、いつも以上に俺と接触したがらない。
俺は、別に、短気じゃねえ。
喧嘩も買うし、場合によっては売りもする。当り散らすとか、むやみやたらに殴ったり蹴ったりだとか、そういうのはあんまりしねえ。
つうか、する必要性を感じねえ。
怒ったりってのも結構体力いるし、だりぃわけで。
だから、今、こうして、明らかに避けられてても、だ。
怒ることはしない。…できない。
喧嘩がきっかけで、こうも避けられてるんなら、簡単なことだ。
やっぱり怖かったから、関わりたくない。逃げたい。
なら、俺はどうするべきか。
それも簡単だ。
怖がられないようにする。
コレに尽きる。
だが、あいつ、徹底的に避けてやがって、なんつーか、もう、本当辛い。
思わず溜息が出る。
「…恋は盲目っていうが」
溜息を聞いたツレが、面白そうに笑った。
「ほっとけ」
隣を見もせず、そう返すと、ツレはさらに笑った。
「そうする」
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