ライオンの唯一


まさか、だった。
電話をしても毎回、無視される。
最近は電話をする事もできないで、この前の昼休みに至っては手を振り払われ、明らかに拒まれた。
それにも関わらず、指定された着信が鳴った。
イライラして喧嘩を買ったり売ったりしていたところに鳴った着信。
信じられなくて、戦線離脱した、その場で固まって電話の相手を確認。十秒くらい眺めて、それでも切れないコールに、焦って通話と録音を押す。
『サトウアキラ!俺はもーれつに、あんたにすまないと思っている!!ごめんなさい!』
耳に聞こえたのは、いつものびびった声じゃない。小さくもない。ぼそぼそもしていない。…おそらく酔っ払っている。
いつもと違うアイツの声に、何も言えず、すまないと言われていることに混乱する。
すまんのはこっちのほうだというのに。
『ええと、何?ゆーせい?は?うん?ああ、そっか』
おい、そこに腹黒野郎がいるのか。
その事実にお門違いにも嫉妬。拒まれてんのに。
『アキラ』
名前を、呼ばれた。
アイツは俺の苗字すら呼ばない。俺に話しかける、ということも少ない。元来は結構喋るほうだ。何せあの腹黒とよく話している。…狸寝入りですでに確認済みだ。
『俺、あんたに呼ばれんのスキー』
電話がかかってきたことは奇跡。
これはおそらく夢だ。
もしかしたら、喧嘩で一発ノックアウト。寝込んでいるのかもしれない。
『で、アンタのこともすきー』
そして俺の手から電話が落ちていないのも軌跡だ。
『だからやらせてー』
……電話がするりと俺の手から落ちた。
この夢は、いい夢なのか、悪い夢なのかわからない。
やらせて?殺せて?ヤらせて…?
『ふぁっきゅー』
遠い携帯から酔っ払いのでかい声。
…最低な告白の部類に入る。
しかし、俺も変わらないことをした。
雰囲気もクソもない。
ないけど、いかにもアイツらしい。
『やらせる気があるならゆーせいのお部屋に来てね?貸してくれるよねしーんゆー』
後半はたぶん、腹黒への質問だ。
『やほー。じゃ、おまちしてまっす』
ぶつっと切れる通話。
とりあえず、これが夢か現実かの確認をしたかった俺は、携帯を喧嘩に巻き込まれないように遠くに軽く蹴って転がし、喧嘩の中に入る。
さっさと片付け、その中のリーダー格を締め上げ、痛いかどうか尋ねる。
「…なぁ、痛いか?」
「イテェ!も、やめろっつって…いていでぇええぇぇえええ!やめ、やめてください!!」
痛いらしい。
ではこれは夢じゃないのかもしれない。
「京一」
「…何?」
「腹黒の家は?」
京一に尋ねると、軽く笑って、俺に答えを返す前に携帯を見て、頷いた。
「市橋さん拾うから、後ついてくれるか?」
頷く。携帯を回収する。録音しておいて良かった。
夢ではないのだから、あれはアイツからの告白ということになる。
酔っていたから、覚えていないかもしれない。
とりあえず既成事実をつくろう。
俺からアイツをやったんじゃ、前と同じで逃げられる。
掘られることへの葛藤とか言ってる場合じゃねぇ。
俺は、逃したくない。
どっかの女みてぇに迫れば、アイツは責任なんて感じるかもしれない。
アイツ、変なとこ真面目だし、好きとかいってくれてるしな。
寝てねぇといいな。
ま、たたき起こすが。
next/ ピンチtop