憂愁と癒し系。


お昼休みの鐘の声、空腹を告げる響きあり。

「食うか…?」

第二音楽室のベランダの隙間から聞き耳をたてていた癒し隊の隊長は、素早く筆記用具を動かした。
『うまくいったよ、副隊長!どうやら僕達は成功したらしい!』
あまり紙質はよくないが、らくがきをするにはちょうどよく、ずさんに扱っても低価格だからと自分に言い聞かせることが可能なノートに、同じようにカラフルな筆記用具を動かしながら、副隊長は興奮気味に頷いた。
『やりましたね!隊長!第一の接触は大成功です!』
押し掛け女房の女房化を阻止しようと決意したその日。
隊員たちの決意は固く、そして、行動は迅速であった。
当初の目的である癒し系の恋人候補を見つけたという報告がきたのは、メールマガジンを配信して一時間ほどたったときだった。
癒し系の恋人候補を発見するにいたったのは、風紀委員に餌付けをされている中型犬がいるという噂があったからだ。
それを確認した隊員はこういう。
彼は、ずっと何かを食べている以外は少し黒目がちではあるけれど至って普通の生徒です。
普通じゃないとしたら、押し掛け女房に押し掛けられている点と、食べている姿に癒される点、やけに犬っぽく見えてしまう点だけです。そして彼を見ていると癒された気分になるところです。
それだけあれば十分普通ではない。そして、一番重要なのは癒されるという点だ。
奇しくも、押し掛けられて引きずりまわされ、風紀に保護されることが多いらしい。
これを利用しない手はない。
彼らの行動は迅速、かつ確実だった。
閂愁二は不良クラスのドンであり、いらぬ苦労をよく拾い、ため息をよくつくことから憂愁と呼ばれている。
不良クラスの連中が何かをするたびにため息をつき、風紀に職員室に、用務員室にと赴く、恐ろしいほどマメでめずらしい不良なのだ。
風紀委員室で二人を鉢合わせさせることなど、癒し隊にとっては朝飯前だったのだ。
そのうえ彼らを二人きりにするというのも、押し掛け女房を遠ざけるより余程簡単なことだったのである。
作戦の成功を、ゆうしゅうの美という名のブログに、素早くしたためると、彼らは12色からなる油性の筆記用具を片付ける。
これ以上は不粋だ、様子は放課後にでも再び探ればよい。

だが、彼らは解っていなかった。
閂愁二が筧史朗に予想以上なつき、犬扱いで恋人とは程遠い関係から始まるということを。
そもそも欲しいのは彼女だということを。

これは閂愁二が筧史朗というワンコを恋愛対象として認識する前のお話。
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