最凶とその恋人と鬼。


ああ、ついに時田さんも絡まれたんだな。
用務課の人々が忙しくなり、用務課のボスである上条さんが転校生をめんどくせぇと言ってしばらく。
いつものごとく、食堂で騒ぐ転校生。
ソレを察知して行きたくないと悲鳴をあげる身体に鞭打って、さっさとやってきた俺が見たのは呆れる光景だった。
時田さんは、いかにもつまらなさそうに、転校生の話を受け流していた。
いつもどおりの態度だ。
もちろん、転校生も面倒臭いといわれようが、理事長室に呼ばれようがいつもどおりだ。
そんな態度はいけないんだぞ!とか名前なんていうんだ!とか。
時田さんは至って普段どおり。あっそ。煩いからあっち行き?
とかそういう態度。
時田さんはあまり怒らない。イライラしても大抵適当にあしらうだけだ。
ツレの閂さんが絡まれても笑うだけであるし、もしものことがあれば下っぱを差し出していなくなったりするだけだ。
転校生がマシンガントークをしているのが迷惑そうにすら見えないほど、相手にしていない。とにもかくにも注意をしなければ、怠慢だと茶化されるのだろうな。そう思いながら、俺は転校生と時田さんに近づいた。
すると転校生の話を流していた時田さんが目を見開いた。
俺に、ではない。時田さんは俺が来てもニヤニヤするだけだ。
時田さんはでかい窓から見える風景に驚いていたようで、視線は遠くをむいていた。
とりあえず転校生を注意していると、不意に、時田さんが微笑んだ。満面の、笑みだった。
俄かに食堂が騒がしくなる。
転校生の気がそれたとき、俺は時田さんの視線を追った。
窓の外。青々とした芝生のうえで男が芝生の散水機の何かを取り替えていた。
汗に塗れ、水に塗れ。
働く男は大変だなという格好。珍しく帽子はしていなかった。
だれもが恐れる目付きを更に悪くして、散水機の不調に舌打ちしているようだった。
「あ!あいつ…!」
転校生もその男に気が付いたようで、何か言おうとした瞬間だった。
時田さんは遠慮なく転校生の頬を片手で挟んだ。
「あいつって誰のこと言いよんの?」
「ふぁひつは、ふぁい…」
「あんたがあの人のこと一言でもしゃべれると思んなや」
転校生に対してなんの反応も示していなかったが、先のめんどくせぇ事件のことはしっている時田さんは無表情で手に力を入れる。
もっさりした黒い塊だろうと、美形だろうと関係なく面白い顔になってしまっている転校生を見ながら俺はついつい笑ってしまった。
「鬼委員長ひっどいわぁ。そんなにおもろい?」
「…普段、苦労させられてますから」
「そら、ご苦労さん」
手を離すと、時田さんはニコニコと笑った。腹の黒い顔で。
「もう、二度とあの人んこと口にせなんだら、許したっても…ああ、あかん。俺、心広ぉないしィ?無理やわ。なぁ、ちょい、見逃してくれへん?」
「今此処ではさすがに、ちょっと無理なんで…俺が感知しないところで…そうですね、昼休み終わる直前の寮とかなら方向性によっては気がつかないかもしれません」
一度痛い目をみて大人しくなるなら、いいかなと思ってしまった俺を許して欲しい。
「二、三発ボコスだけやから」
「な、何いってんだよお前ら!」
不意に黒い笑みを浮かべた時田さんが止まった。
こちらからあちらが見えるように、汗まみれ水まみれで働いていた人にもこちらが見えていたようだ。
そして、時田さんの様子も見えていたし、解っていたようだ。
時田さんはこちらを向き直ったあと、瞬間泣きそうな顔をして、渋々と言った体で溜息をついた。
「あー…あかんって。許可が下りんかった。しゃあないから、鬼委員長怒っといて?」
諦めた後、再び窓の外を見た時田さんは近くの椅子に座って力を抜いた。
俺は、無駄に暴れる転校生を拳骨で沈めたあと、ひっぱりながら、時田さんの呟きを耳にした。
「やーやわぁ。もう、どんだけ惚れさす気ぃや、あの人…」
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