最凶と愉快な仲間と料理長。


真面目に仕事ばかりしている…なんてことは、こいつに限ってはないと断言できる。
基本的に面倒くさがりで、そのうち息をするのも面倒だと言い出さないかと心配すらできるから困ったものだ。
賄いで適当に作られた丼を差し出し、厨房の片隅においてある踏み台に腰をかける。
「…リツ、薄味すぎないか」
「…マジ?」
隣から差し出された箸の上の飯と具を食べ、咀嚼する。なるほど、薄味だ。
「なんで、こんな味薄いんだ?今日、賄い作ったやつ誰?とりあえず醤油と塩どっちがいい、ヒサ」
「醤油」
醤油を渡して、湯飲みに玉露を注ぐ。温度はちょうどいい、完璧だ。と、近くにいたウエイターの一人に笑いかける。お茶を入れてくれたのは、彼だ。
ウエイターは少し照れたように笑い返したあと、そっとその場を離れた。
「…たらしこんでるな」
「……お前ほどじゃない」
気がついたら伝説になるほど誑し込んだりはしないぞ、俺は。
なんて思うけれど、職場の雰囲気を俺の過ごしやすいようになるくらいに、たらしこんでいるのは否めない。
「最近、ソウジがユキと一緒に用務課に遊びにいっただろ」
「一ヶ月ほど前に。面倒だったから、追い払った」
「俺のところにきて、嘆いて、甘味をせしめていった。お陰で、メニューのスイート系がゼリー、ムース系ばかりになってしまった」
「それは悪いことをした」
悪いことをしたなんて思ってもいないのだろう。呑気に茶を啜る姿は腹立たしい限りだ。
昔からこうだから、怒鳴ったりいちいち反論したりはしない。
「この前は、散水器直しながら恋人とめたんだって?」
「あー…その辺にしとけって伝えただけなんだが」
「その後、メロメロになっていたとウエイターのひとりが言っていたが」
「食堂はお前のテリトリーだから面倒だな。筒抜けだ」
伊達にホテルから引き抜かれて学食で働いちゃいない。
ホテルからこっちに移ったのは、腐れ縁の友人がいて、結構多くの友人どもがこっちにいたから。あと、待遇がすこぶるよかったから。
ソウジはヒサ至上主義ではあったが、なんだかんだと俺にも懐いていたから、近くにいて欲しいと破格の待遇を持ってきたのだ。
他の会社やってたり、金持ってる連中も、ヒサと俺を引き抜こうと必死だったが。まともな仕事っぽい仕事は、ここだけだった。
とりあえず、結論からいうと、人の胃袋ってのは掴んでおくもんだなってことか。
「で、何してメロメロにさせたんだ?」
「いい子だなって口パクしてやっただけ」
「…ああ、元々メロメロだっただけか」
この昔からの腐れ縁の友人は、人をメロメロにした後、面倒くさいといい、放置したり、いいように使ったりとムチばかり与えてくれるのだが、ポロッと飴を与える。
その飴のせいで、メロメロになる一方の人間が可哀想だなと思わないでもない。
「リツ、お前は人のことばかりいうが、お前だってかわんねぇだろ。ミツが喫煙所で会うたび愚痴を零してくる」
「かっわいいよなぁ…お疲れのスーツにしみこんだ煙草の臭いが次第に濃くなるの」
「惚気んな、サド」
「お前もさっき惚気たようなもんじゃねぇかよ、鬼畜」
憎まれ口をたたくが、雰囲気は一向に悪くならない。付き合いが長いし、俺やヒサにとって怒るようなことでもない事実を述べているだけなので、雰囲気が悪くなることなどあるはずがなかった。
「それにしてもミツは丸くなったな。教師なんてなるとは思っても見なかった」
「それは確かに。教師なんてあの格好で…今でも鼻で笑える。しかも、生徒にきゃあきゃあ言われて。ホント、俺に嫉妬させたいのか、アイツは」
「『第2ボタンまでしか許可しない』とかいって、第三ボタンあいたら見える位置に今でもキスマークつけてるって?」
「俺も可愛いものだろ」
「白々しいにもほどがある」
そんな白々しい俺が、好きで好きで、更に俺にのみマゾ発動するアイツは可愛い。なんでケツを狙われないのか不思議だ。
「あの細腰でネコな生徒に騒がれるってどういうことなんだろうな」
「俺には縁がねぇから、わかんねぇよ」
ヒサは目つきが悪すぎて、騒がれる前に恐れられる。用務課に入った当初は、用務課の人間に恐れられていたが、ヒサは無用に威嚇などしないし、自分の顔面にどのような効果があるかも知っている。
面倒ごとが起こらないようにしているうちに、いつも人をメロメロにしている。困った奴だ。
故に、かかわりがあまりないやつには崇められないし、騒がれたりはしない。
「そう思えば、お前は恋人に何か制限するようなことあまり言わないよな」
「いう必要がないってぇのが一つ。あとは…面倒だからな」
色気振りまくわ、愉快犯的行動に出るわと大変自由なヒサの恋人、カナメくんはヒサの歴代恋人の中で一番重たい。
ヒサが面倒だといいながら、カナメくんを手離さないところから、カナメくんのことはちゃんとすきだと伺える。
「そうか」
俺が頷いていると、ヒサは飯を食い終えたようだ。
一度、空になった丼に手を合わせた後、俺に軽く礼を言って、丼を渡してくれる。
「今度、昔馴染みで集まるからって伝えてくれって頼まれているんだが、行く気あるか?」
「何処?」
「…セイのところ」
「ああ、解った。行くからメールも電話も着拒するくらい送ってくんな、アホどもがって言っておいてくんねぇ?」
「了解」
そして、ヒサは仕事に戻って行った。
さて、午後の仕事を始めますか。
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