鬼と一匹狼と。


自らの縄張りの中にいれた最も近い隣人はいったいなんとすればいいのだろう?
没落しただの、家柄だけだの言われ続けている実家には、他人に言われるように、金がない。
家の再興を望む者は、実家にはおらず、外にもいない。ただ、格だけが高く、衰退の一途を辿る。
そんな中、その『格』がほしいがために、一人息子である俺への結婚話は耐えない。
金があったって、なくたって、『格』があるかぎりはその話題は尽きないことは解っている。
解っているが。
それでも、悔しく思われるのは馬鹿にされたその人物に金ならやるから婚約しろと迫られることだ。
祖父母も、父母も、自分自身に誇りはもっているけれど、そこまで金に思いを馳せることはなかった。
もちろん、それのせいで悔しい思いはしていたが。
いっそのこと、こんな家など潰れてしまえばいいと、彼らは言ってくれた。
彼らを思うなら、俺はまっとうに、エリートコースを歩き、家の再興でもしておくことが一番いい道だったのかもしれない。
しかし、俺は、家を潰してやろうと思った。
汚い金で、悔しい思いをさせられた金で、格をなくしてしまおうと、思った。
そして俺は、仕事を始めた。
最初はアルバイト。
高校卒業したら、所員として働くという契約に移行して、今は日本にいない所長のかわりに有る事務所で仕事をしている。
表向きには探偵のような仕事をしており、ペットを探したり、浮気調査をしたり。
けれど、一応の就業時間を終えれば、詐欺の一旦をになったり、他人の喧嘩に首を突っ込んだり。法に触れることもする仕事をしていた。
やることは何処までも白ではなく、黒でもない。ただ色が濃いか薄いかというだけのグレー。
微妙とも怪しいともいえる仕事。
そんな仕事をする場所に、古城蓮。
違和感を覚えない自分自身に違和感が有る。
「…なぁ、此処、何?」
何処?ではなく、何?と聞くあたりが、いかにも古城らしい。
「事務所」
「何の?」
古く、高くもないビルの一角。
手書きの看板すらない、古くて音の五月蝿い木製のドアを開けると、そこに広がるいかにもで安っぽい事務所。
「探偵…みてぇなものの」
そうはいうものの。
電気をつける前からうっとうしく存在を主張し続けている留守電のランプが、言葉を否定するように光っているように思えてならない。
「ふうん?」
曖昧に頷く古城は、そんなことには興味がないようにも思えた。
先ほどまで足りないといっていた人物のようには見えない。
移動したせいで、熱は半分ほど冷めている。
そして、この場所にきたことで更に冷めてしまったかもしれない。
「…なぁ」
ドアを閉めて、溜息をついた俺に、古城は振り返った。
「そこ座れよ」
応接用のソファーの前に置かれたローテーブルを指す古城に、俺は変な顔をしたに違いない。
「いかにもポイだろ?」
お前の方が悪趣味じゃねぇか。とは言わないで、思わず笑うと、古城もつられたように笑った。
「やる気ねぇんじゃねぇかと思ってた」
「半分くらいねぇよ。半分はまぁ、せっかくだと思って」
「据え膳か」
「男の恥だろ。どっちが料理かなんてのは…殴り合いでもするか?」
「めんどくせぇな。運で決めて文句ないだろ」
ポケットの中に入っていた10円を取り出すと、古城が更に笑った。
「それもいかにもだな」
「ジャンケンよりは格好がつくんじゃねぇかと思って」
親指に乗せて、どうする?というように古城を見る。古城は頷いた。
親指で10円をはじくと、クルクルと十円は回転しながら俺の手に落ちる。
片手でそれを隠すと、首を横に軽く振る。
「表」
古城が言った。
硬貨を隠した手を退けると、そこには表を向いた十円があった。
「文句はねぇんだよな?」
「……」
表を向いた十円に舌打ちしたあと、俺は大人しくローテーブルの上に座る。
「…どうぞ?」
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